「えっ?」
すると返ってきたのは意外な答え。ちなみに、天使は私用で人間と関わりを持つ事を許されない。と先程は言ったがミカは名目上、下界にいる天使のレミに連絡をとっているという事で未だに下界への干渉を許されている。なので姿こそ見せないものの、時折レミが天界にいる彼女と通話している場面がこの数ヶ月の間で見受けられた。とはいえ、あれ以来下界を一度も訪れなかったミカが再びこちらに来るのだ。輝希が何か問題があったのだろうか。と考えているとレミは続けて、
「うむ、天界は新年を祝う習慣がなくてな、下界は蕎麦やごちそうを食べたりするらしいと言ったら、『下界で年を越すのも過ごすのも悪くないかもです』とか言いだしてな」
「なるほど、相変わらず食い意地が張ってるんだね」
なんともミカらしい理由に輝希は苦笑いを返した。とはいえ彼女の変わらない様子を聞くと呆れながらも嬉しいものがあった。
「増田」
気がつくとレミはこちらをジッと見つめていた。その目は少女のものとは思えない程に深い、まるで心を見透かされているような感覚だった。輝希は思わず目を逸らしながら、
「どうしたの?」
「本当は違う事を考えていたのだろう」
そう、こういう時のレミは鋭い。咄嗟に誤摩化そうとしても彼女には通用しないのだ。輝希は観念したように、
「……うん、蛍の事を考えていた」
あの後、輝希は気になり遠藤来人という男の事を少しだけ調べた。
遠藤来人。彼はこの畠山市の出身であり、あの中学校は彼にとっても母校だったようだ。
彼はマニアックなファンからは定評のある映画監督だったようで、過激な作品を好むその筋の人からの人気はあったらしい。
しかし、彼は10年程前に過去の過ちが公のものとなり映画界から失脚していったのだ。
その内容は“中学時代、同級生に対して暴力行為を繰り返し少年を自殺に追いやった可能性がある”といったものや、役者やスタッフに対するぞんざいな扱い、その他の傷害事件等も明らかになり彼は完全に立場を失い監督業を引退したのだった。
そして今から約一年前、彼は自宅で遺体で見つかったそうだ。ニュースでは自殺と言う事で報道されたらしい。
さよならヲのべる。その作品は彼が監督だった時の最期の作品であり、この街の出身と言う事で遠藤の一周忌を記念して上映されていたようだ。映画の内容は常人から見れば狂気というしかなかった。冒頭から殺人鬼である中年の男性が登場して次々に女子高生の首を鎌で切り落としていく、といった内容で、それが彼女の死と重なってしまい、輝希は10分程で見る事をやめた。
「……怖いんだ」
「怖い?」
学校への道中、そう呟いて輝希は歩を進める足を止めた。
「うん。一度は気持ちの整理がついたのに、でも、駄目で……」
ずっと誰にも言わずに堪えていた気持ち。しかし一度口に出した想いはせき止められていた水のように、輝希の心から次々に溢れ出していく。
「もう蛍はこの世にいない、それに彼女の命を犠牲にして僕だけが生きてしまった事。彼女の話が出る度に自分が責められている気がして……そして、また誰か大切な人を失ったら、って考えてしまったり……とにかく色々な事が怖くて……」
「……そうか」
彼の気持ちを聞いたレミは静かに頷く。叱責するわけでもなく、励ますわけでもなく、ゆっくりと彼の気持ちを理解しようと目を閉じる。そして、
「増田よ……実は私も不安でいっぱいなんだ」
「え?」
話を聞き終えたレミはふいにそんな言葉を口にした。そしてそれは初めて聞いた彼女の弱音。そんな素振りなど一度も見せた事はなかったので輝希は思わず聞き返してしまった。彼女は表情こそ普段と変わらないが、その声はどこか低く、
「私はしばらくは天界へ帰る事が出来ない。そしてこちらでは天使である事を隠して生きていかないといけない。知らない土地で、知らない人達と、全てが今までとは違うのだ」
輝希はこの言葉を聞くまでレミは冷静で大人びた少女だと思っていた。でも違う、彼女は僕達人間のように色々な悩みを抱えている。種族さえ違えど、レミは輝希達と変わらない年相応の女の子なのだ。見知らぬ土地で、家族や仲間のいない世界で、その状況で平気なはずなどなかったのだ。