『まあ、一つハッキリしてることはあるな』
『何?』
『まずこの紙がすごいダサイ。捜索以前の問題だな』
キッパリと言い切る和也。手で紙を広げて真子に改めて見せる。確かに手書きな上に、写真以外は黒一色。少し目立ちにくいかもしれない。しかし真子は、
『別にいいんじゃない? 私はこういう真面目な感じ好きだけど。誠意が感じられて』
『はあ〜あ。貧さん、ちょっと考えてみようぜ』
『いや、貧さんって何よ?』
おそらく貧乳の意味だとは思う。だが自分でツッコむのは何となく嫌だ。なのでジト目で問い掛ける真子。しかし和也は完全に無視して、
『いいか? 仮にこの後、犬を捜すために街にこれを貼るとするだろ? そうしたら誰もこんなイモイ紙なんか見ねぇよ。スルーされて終わりだぜ』
『それは個人の見方でしょ……ってか、この人はもうそれぐらいはやってるんじゃない?』
『細かい事はいいんだって。とにかく俺はこんなダサイ張り紙は却下だ』
『はいはい。で、じゃあ何かアイデアあるの?』
『まあ一応な。でもここは真子も意見を出しておけよ』
『あっそう……え〜、じゃあさ』
『ん?』
『え〜とね』
右腕を鞄の中に突っ込む真子。筆箱と白紙を取り出す。そしてカラフルな蛍光ペン達で、紙へおもむろに何かを書き出し、
『こうキラキラした感じのは? 良くない?』
バン、と真子作のレイアウトを公開。そこには散りばめられた星々。目が疲れそうな色遣い。やたらと多いカタカナ。吹き出し付きの謎なキャラクターズ。つまり小学生発想の塊だった。和也はそれを見てうんざりしたように、
『はあ〜あ。何? 胸がないから、今度は元気ッ娘アピールか?』
『何よっ、誰もそんな事言ってないでしょ! 張り紙の話よ!』
『だってよ、これ装飾ばっかで肝心の内容が伝わらないだろ。大体このキモイ奴らは何だよ? モグラか?』
『キモイっていうな! 自作ゆるキャラよ!』
『はん、ゆるいのはお前の頭のネジだろ』
『むっか〜……じゃあそんだけ言うなら、和也は良いアイデアがあるんでしょうね?』
『ふふ、あるな。少なくともお前よりはマトモなのが』
『なっ! じゃあ早くみせてよ!』
『まあ待て。俺は今からちょっと出かけて来る』
『へ? どこに?』
『パソコン部のキモヲタ共に、俺の素晴らしい作品を作らせてくる』
『アンタ……また問題とか起こさないでよ』
『安心しろよ。相手が変な事しなければ、俺は何もしない主義だ』
『……それ相手が何かしたら手を出すって事だよね?』
『大丈夫だって。俺を信じて貧さんは大人しくここにいな』
『なっ! 誰が貧さんだっ!?』
『ははっ、じゃあな貧さん』
『だから貧さんって言うなっ!』
抗議も虚しくあっという間に走り去って行く和也。真子はポツンと一人で教室に残される。
『はあ〜あ、アイツはもう〜……』
真子は不安と苛立ちから深いため息をつく。そして再び頬杖をついてグラウンドを見下ろしながら、
『まあでも、今に始まった事でもないか……』
いつの間にか日常になっていた。こうして和也と話す事。一緒に過ごす事。共に笑ったり怒ったりする事。そして振り回される事。それが真子の当たり前になっていた。
『まあ、暇つぶしになるからいいんだけどね……』
自分で口に出して気付く。それは嘘。確かに初めはそれぐらいの気持ちだった。だが現在は違う。そう、今やこの時間は真子にそれ以上の意味を与えていた。
『あ、香奈』
ぼんやりと見つめていたグラウンドの様子。サッカー部の集団。その中に一際動きのいい少女を見つける。。かつての部活仲間。優しい部長。真子の運動神経を認めた一人。割と仲も良かった。だが今では互いにぎこちない関係になってしまった。真子の退部が原因だ。
『君が何を考えているのか解らない……か』
不意に思い出して真子は呟く。退部間際に香奈が告げた言葉だ。『もうなんだか冷めちゃった』。そう言った真子に対して、香奈は悲しみながらそう告げた。信頼を裏切られたような顔で。微かに苛立ちを込めてそう言ったのだ。そして、真子はそれに対して何も言い返さなかった。いや言い返せなかったのだ。なぜなら、
『そんなの、私にだってわからないよ……』
そう解らないのだ。なぜ、あの時あんなにも部活が苦しく感じたのか。なぜ、急につまらないものに思えたのか。そして、なぜ今はグラウンドの香奈達に憧れを覚えるのか。真子には全て解らない。思考は巡るばかり。だが、一つだけ言える事があった。
『……でも……今いる場所も嫌いじゃないかな』
微かに笑みを浮かべる真子。退屈を感じないと言えば嘘になる。だがここから眺める景色。流れる秋風。静まり返った教室。真子はそれらを気に入っていた。だって、ここには和也が来てくれるから。
『彼女。か……』
先程の和也が言った冗談を思い返す真子。本気にしてしまった事を恥ずかしく思い顔を赤らめる。本当はどんな言葉を期待していたのだろう。なんとなくそんな事まで考えてしまう。そして、自分でも完全に無意識のまま、
『どうやったらなれるんだろう。彼女に……』