輝希へと近づいた彼女はそう言い頭を下げる。無表情で愛想がないのはいつもと変わらない、でもその言葉には彼女の気持ちが詰まっている気がした。
「きっとお前の事だ。あの事故の日、自分を犠牲にして蛍を助けようとしたんだろう。お前にとって彼女はとても大切な人なのだから、多分、自分の命よりも……」
大切な人、おそらくそんな一言で片付けれない程に蛍は彼にとって特別な存在だったのだろう。でも彼女なりに輝希の気持ちを理解しようとしているのだろう。そんなレミの気持ちのおかげで輝希は少し落ち着きを取り戻した。
「レミ……君が謝る事じゃないよ……自分を犠牲にして僕を生返らせる事は蛍が望んだ事なんだ……それに、僕が、」
そう、これは決してレミのせいなんかではない。確かにきっかけを与えたのはレミの元部下であるイワンという男だ。だが蛍は自ら望んだのだ、自分の命と引き換えに輝希を蘇らす事を。彼女は願ったのだ、輝希もそうだったように、
自分自身よりも、大切な人がこれからも生き続ける事を。だから蛍はあの悪魔へと従ったのだ。だが、
「僕が蛍からしっかりと事情を聞いていれば……こんな死に方なんてしなかったはずだ」
先程の光景が頭の中から焼き付いて離れない。切断された彼女の頭部。ズルリ、とそれが落ちるスローモーションになったかのような光景。首から離れたそれが地面へ落ちる鈍い音。 なぜ彼女があんな酷い目に遭わなければいけなかったのか、どのみち魂を失った彼女は死を待つ定めだったかもしれない。でももっと違う別れもあったんじゃないのだろうか。すぐに彼女の様子がいつもと違う事に気付いていれば、後ろで糸を引くあのイワンという男に気付いていれば、あんな残酷な最後は免れたかもしれない。
「……そうだな、お前が彼女の異変に早く気付いていればこんな別れ方は避けれたかもしれない」
「レミちゃん、そんな言い方をしなくても」
レミの責めるような言葉に反論したのはミカ。これがイタズラならば彼女はおそらく便乗してきただろう。だがミカは決して輝希が本当に嫌がるような事はしない、彼が傷付く事をミカは決して望まない、レミに不機嫌そうな顔を向けるその姿からは彼女の優しさが垣間見えた。
「いいんだミカ、レミの言う通りだよ」
でもそう言われても当然かもしれない。レミとミカには分からなかったかも知れないが、輝希なら気付けたはずだ。ずっと彼女だけを見てきたのだから。彼女が例え隠そうとしていても分かったはずだ。
いや、本当は疑問に感じていた。彼女の時折見せる表情、ふらつく足取りを。だが聞くのが怖かった。蛍がその事に触れられたくない素振りをしていたし、何より、それを知ったら彼女との関係が今までと変わってしまう気がして……。だがそんな風に戸惑っていたばかりに、彼女は死を遂げてしまった。
「だが、それを言うならば私も蛍の中にイワンの気配を感じた時点ですぐに行動に出るべきだった。済まなかった……しかし、こんな話をいくらしたところで虚しい気持ちになるだけだ」
そう、こんな後悔をいくらしても、もう彼女は戻ってこない。
そして、イワンを倒したところでもう、彼女は戻ってこないのだ。
「増田よ、ならお互いに前を向こう。私はこれからイワンを討ちに行く」
一度目を閉じて彼女は呼吸を一つした。再び開いた瞳には確かな覚悟と、少しの怯えが見えた気がした。
「お前はイワン、いや私達のせいで大切な人を失った。言葉ではいくら述べても足りないかも知れないが……この件が終わったらしっかりと詫びさせてもらいたい」
それは初めてみるレミの表情だった。いつも凛としている態度、その中に何かを恐れているかのような色。きっと彼女は輝希の言葉が不安だったのだ。短い間とはいえ蛍が輝希にとってとても大切な人だという事を知っていたから。そしてレミ自身、蛍は嫌いではなかった、本当に短い間だったが好印象を持てたし、何より輝希にお似合いの人だな、とレミには思えたのだ。だから彼女は怖かった。蛍を失った気持ちの欠片ぐらいは分かるつもりだったから。彼がどんな言葉をレミに浴びせてきてもおかしくはなかったから。だが、同時にレミは知っている。輝希は蛍の死をレミのせいにするような人間では決してない事を。