2 私が勝ったら
実達に出会った日。その日の夜9時近くのこと。
『本日もありがとう。とても愉しい時だったよ』
真子家。リビングのテレビ。その中でニヒルな笑みを浮かべ別れを告げるのは、“すごいVま〜さし“(本名・真島まさし25歳)”。現在ソロ活動中のボーカリストだ。
毎週火曜夜8時は“ま〜さし”の美容番組「ホントはジャ煮ーズになりたかった」の時間。真子が最も楽しみにしている番組だ。真子は今日の事を忘れようと夕食を食べつつ夢中になって眺める。
「はあ〜、ま〜さしはやっぱカッコイイなあ」
ジャ煮ーズ系の顔。艶のある声。謎の雰囲気。そのどれもが真子には魅力的だった。新曲はもう二年程出してないが。
『本日の逃れない運命すごいボーイうらない……幸運なのは、水瓶座の人だ』
「私じゃん、やった!」
『水瓶座には自分を変えるような、大きな転機が訪れるだろうな……』
「おぉっ!!」
『運命の片鱗キーアイテムは“過去だ”……ふふ。どうだ。俺今すごくビジュアル系っぽいだろう?』
「なにその確認!? いつもの事だけど!」
真子は思わずツッコんだ。きっと他の人から見たら、今の私ってすごいバカなんだろうな〜。なんて思いながら。
★
次の日。真子は登校と同時に放送で呼び出しを受けた。
『一年二組真木真子。二年四組椎野実。至急職員室まで来て下さい』
なんであの先輩と? 初めは疑問だった。だが思い出した。多分昨日のカラオケだ。あの時、真子は拉致られた。つまりお金を払ってない。もちろん実も。なぜ今まで忘れていたのだろう。昨日は動揺していたからか。とにかく、完全にアウトだった。
「幸運から逃れられない定め……じゃなかったの〜?」
「まあ、ドンマイっ! ドンマイっ!」
「先輩のせいでしょ!!」
朝の職員室。ソファーに座り真子は小さく呟く。横には実。怒られていても彼は笑顔だった。
「いや〜、俺もすっかり忘れてたんだよっ」
「忘れないで下さいよ。こんな重要な事を」
「ごめんごめん。でも大丈夫だって。お前があの店に出入り禁止になるだけで済むよ。問題ないって」
「それ私にとっては大問題じゃないですか!」
ダンっ!! 教師がテーブルを叩く。
「二人とも静かに。あと、こっち向け」
『はいっ(は〜い)、先生!!』
テーブルを挟み前には生徒指導の鎌足。見た目サラリーマンの堅物先生だ。真子と実を鋭く睨む。そして溜め息。眼鏡をクイっ、と上げ、
「はあ……まあ、また椎野がやらかしただけのようだし……真木は大目に見てやる」
「ホントですか!?」
「俺は?」と実は小声。だが無視された。
「ああ、だが放課後にカラオケに寄るだけでも、普通は駄目なんだぞ?」
「うぅ……はい」
睨まれ落ち込む真子。鎌足はもう一度眼鏡を上げて、
「まあ、今日はもういい。早く教室に戻れ」
「ありがとうございます……」
真子は立ち上がり、軽く会釈。そこで、
「だが、機会があったらゆっくり話をしよう。お前も昔の事があるしな」
その言葉にさらに顔を曇らせる真子。暗い面持ちで、
「……はい、わかりました」
「よし……もう行け」
「はい、失礼します」「じゃあ、俺も」
「椎野、お前はあと七時間ぐらいだ」
「今日の学校、説教で終了!?」
鎌足に袖を掴まれ脱走失敗。実は地獄を告げられた。
「真子〜〜見捨てるなよ〜〜お前だって払わなかったから、責任あるんだぞ〜」
扉へ向かう真子に叫ぶ実。真子はピタリと足を止める。そして実の方を振り向き、舌を出して、
「べぇ〜〜」
「みてっ、みてっ。先生!! あいつ今『あっかんべぇ〜』したよっ! ねえ見た!? 反省してないよっ絶対!!」
「椎野……お前うるさいな」
ゴンっ!!
後ろでデカイ音(実が殴られた)がしたが、気にせず職員室の扉を開け、
「ふんっ!!」
勢いよく閉めて、真子は四階の教室へと戻って行った。今の時間なら朝のHRには間に合うだろう。と考え、駆け足で。
★
「はぁ〜あ」
一年二組の教室、HR後。授業前の準備時間。ざわつく生徒達。そんな中、窓際先頭の席。真子は机に寝そべり低く唸る。
「うぅ〜〜最悪……朝からあの先輩に会っちゃったよ」
もう関わりたくない。そう考えていたのに。災難だった。占いは大ハズレなのか。
「ま〜さし〜、どうなってんの?〜〜」
「やっぱり昨日も見たんだ〜〜」
突然の声。でも聞き慣れた柔らかい声だ。廊下側から少女が歩みよって来る。真子のよく知る少女だ。