ピィイィイ!!
「プレイ!」
実のサービスからスタートされる第六ゲーム。最後に成りかねないこの一戦。より気合いを入れ試合へと挑む。
「よしっ!」
球を宙へと投げる実。常人離れした跳躍をみせ、真子コートへと狙いを定める。そして真っすぐラケットを振り出す。放たれたのはフラットサーブだ。
「しっ!」
フラットサーブ。回転の少ない速度重視のサーブ。しかし、球速を出すためには高い身長を要する。つまり小柄な実には不向きなサーブと言える。だが、
「くっ!」
それを補う程の跳躍。それが脅威の球速を生み出している。真子はかろうじてスイングに成功。しかし、
「よっしゃあ!」
目前にはすでに実の姿。そして得意のボレー。体勢を立て直す暇さえない。必死に縋るが球には届かない。結果、真子は失点を許してしまう。
「15・ラヴ!」
実は地面に膝をついた真子を見下ろしながら、
「やっぱ面倒くさいのは嫌いだな。っということでガンガン攻めてくぜっ!」
真子は顔を上げ、悔しそうに実を睨みつけて、
「むっ。いいですよ。どこからでもかかって来て下さい」
負けない。負けたくない。
「しっ!」
再び放たれた実のフラットサーブ。相変わらずの球速。下手に返せば先の二の舞だろう。そんなヘマはしない。
「ふっ!」
実の長所は機動性や瞬発性。ならば、真子はコントールとテクニックを駆使して闘うまでだ。そう考え、真子は球を見据える。実の動きを凝視。ここだ。狙いを定める。実の左サイドへと打球を放つ。この軌道ならボレーは難しいだろう。
「しっ!」
案の定バックハンドでスイングした実。やや不格好なフォームで球を放つ。真子の予想通り。実はバックが得意ではないのだろう。フォアと比べて精巧度が相当に低い。球威もそれほどではない。これならば返す事は容易。真子は回転を加えて今度は逆サイドへとスイングした。
「15・オール!」
「よしっ!」
4回ほど打ち合った後に空振りした実。真子はポイント獲得。これで実と並んだ。まだまだ勝負はこれから。絶対勝つ。心の中でそう意気込む。
負けたくない? 本当に?
「ッ!?」
声がした。だけど誰が発した訳でもない。真子の心の声だ。そう。さっきからずっと鳴り響いている。
だめだ。よくない癖だ。
真子は頭を振り、思考を切り替える。雑念を飛ばす。気合いを入れ直し、目の前を見据える。すると、
「えっ?」
なぜか目前には球が迫っていた。どうやら試合は既に始まっていたらしい。しまった。そう思ったがもう遅い。
「くっ!」
辛うじて球を返した真子。だがベストとは程遠い。誰でも打ち返せるようなイージーショットだ。もちろん実はそのチャンスを見逃さない。狙いを定めてジャンピングスマッシュを放つ。鋭い打球が真子コートへと迫る。速い。油断した事を除いても、返せるか解らない程の速度。真子は追いかける事も侭ならない。あっさりと一点を獲られてしまう。
「30・15!」
「はあ……やっちゃった……」
またも実にリードを許した真子。今までずっと堪えてきたのに。ここに来て痛恨のミス。やってしまった。自然と深い溜め息が出てしまう。
「どうしたんだ真子? 凡ミスなんてらしくないな」
真子らしくない失敗が気になったのだろう。ネットまで近寄り真子へと問い掛ける実。
「……先輩……いえ、ちょっとボーっとしてて」
笑顔を取り繕う真子。勝負に水をさす訳にはいかない。愛想をふりまいて誤摩化す。実は相変わらずの笑顔で、
「そうか? まあドンマイっ。集中していこうぜっ」
「ええーー」
なにをそんなに熱くなっているの? ほんとは面倒くさいくせに。
「っ!? うるさいっ! 黙れっ!」
「へ!? わりぃ、余計なお世話だったか?」
思わず口をついて出た言葉。もちろん実に対して言ったわけではない。真子は慌てながら否定する。
「え? いやっ違いますよっ」
「まあお節介だったな。気にしないでくれっ。続きをやろうぜっ」
「あのっ、だからっ」
矢継ぎ早に告げた実。珍しく気まずそうな表情。真子は必死に誤解を解こうとする。だが、実は苦笑いを浮かべ去って行く。誤解は解けずじまい。真子はまた大きな溜め息を一つ。
「はあ……なんでこうなるのかな……」
崩れ始めた調子。鳴り止まない心の声。結果、実に気まずい思いをさせた。悪循環は広がるばかり。
「……今気にしても仕方ないか」
誤解は後にでも解けば良い。真子はそう割り切り、気合いを入れ直す。前を見据える。再び迫る実のフラットサーブ。相変わらずの球速。真子は少し安心。実はどうやら特に気にしていないようだ。ならば、全力でぶつかるだけだ。
「ふっ!」
先のように左サイドへと球を返す。対しバックハンドでスイングした実。さらに真子は逆サイドへと球を放つ。もう一度さっきのパターンを繰り返す。だが予測をしていたのだろう。実から再びポイントを獲る事は出来なかった。ギリギリのとこで食らい付かれ、フォアでスイングされてしまう。ならばこのまま長期戦に持ち込むまで。真子は意気込みを新たにスイング。しかし、
「しまっーー」
先にミスをしたのは真子だった。タイミング、コントロール、共にバッチリ。だが、グリップの握りが甘かったようだ。真子はラケットを弾かれてしまう。無論、球は実コートまで届かなかった。
「40・15!」
また開いた実との点差。あと1ポイントで実は1ゲーム獲得。真子はなんとしても阻止したいところ。両者にとって正念場だ。
なのに、力が入らないのはなんでだろう?
「くっ!」
実の左サイドへとレシーブした真子。再び実の弱点を狙いつつ長期戦を試みる。だが、実の放ったのはバックハンドスマッシュ。短期で決着をつけるつもりだろう。真子の逆サイドを打ち抜く。意表をつかれた真子。あっさりと球を見逃す。なぜこんなフェイントさえ解らなかったのだろう。簡単に見破れるはずなのに。真子はそう疑問に思う。だが答えは出ない。そして球は虚しくコートを転がっていった。
「ゲーム実 ワンゲームtファイブゲーム!」
「よっしゃぁ!」
「真木……」
真子の痛恨のミス。それによりあっけなくワンゲーム終了。両手を挙げて喜ぶ実。複雑な表情を浮かべる美子。そして、それらを傍らに真子は、すうっ、と力が抜けるのを感じた。だめだ。今まで我慢してきたのに。ここで気を抜くわけにはいかない。だが、歯止めがきかない。おそらくワンゲームを実に獲られた。それが火種となったのだろう。否応無しに崩れ出す自制心。真子の中で塞き止めていた想いが溢れ出す。それは真子の弱い心。それは真子の最も嫌いな部分。そして、それは真子に再びこう告げた。
もうやめちゃえばいいのに。