5 天使達と僕の新しい日々(エピローグ)
蛍。君はもう新しい命としてこの世界に生まれてきているのだろうか。
僕の暮らすこの地上のどこかに君はいるのだろうか。
でも、もし僕達が出会ったとしても、君は僕の事を覚えてはいない。
そして、僕も君だって気付く事はおそらくないのだろう。
それに、それは君であり君じゃない。決して僕の好きだった蛍ではないのだ。
だから僕たちが会う事はもう二度とない。
でも、それでも僕は気がつくと君の事を考えてしまうのだ。
ジリジリと照りつける夏の日差し、無数に鳴り響くセミの鳴き声の中、輝希は朝の空を見上げながらぼんやりとそんな事を考えていた。
蛍の死、あれから数ヶ月の時が経った。
結果から言うと、彼女は死亡したのではく行方不明として世間に認知されていた。
天使は私用で人間と関わりを持つ事や、その正体を明かす事を許されない。下界で人間との生活を余儀なくされていたレミとミカは別としても、そのルールは絶対だ。だからイワンという者の正体を公にする事は出来ないらしい。都合のいい話の気もしたが、しかし悪魔に殺されてしまったと正直に言ったところで誰も信じはしないだろう。
だから蛍はイワンに殺されたあの日、家を出たのを境に消息が途絶えた事になっていた。
彼女が行方不明になった事は未だに多くの人の心に爪痕を残している。彼女ーー赤土蛍は本当に沢山の人に愛されていた。そして輝希は彼女の話題が出る度に思うのだ。
蛍はあそこで命を落としていいような人ではなかった、僕のために死んでいい人間ではなかったのだ。
本当はーー僕が死ぬはずだったのに、と。
「増田のマスター、またせたな」
そう言って増田家の玄関から歩み寄って来たのはレミだった。
褐色の肌に均整のとれた綺麗な顔立ち、それにまるで人形のような小柄ですらっとした体系、とその美少女ぶりは以前と変わらない。だがレミには幾つかの変化があった。
その一つは彼女が畠山高校の制服を来ている事ーーつまり彼女は畠山高校に編入したとういう事なのだ。
レミは輝希と魂が混じりあってしまい、彼が生を終えるまでは天界へと帰る事が出来なくなってしまった。そこで彼女が選んだ道は、人間の少女のように生きて行く事だった。
「うん、じゃあ行こうか」
玄関の鍵を閉めて輝希の横に並んだレミ、その頭髪は以前のような腰まで伸びた艶やかな長髪ではく、肩程までのショーットカットになっていた。
天使として生まれ育ってきた天界を離れて下界で何十年と過ごさなければいけない。それにこちらでは天使という自分の正体を明かす事が出来ない上に、その役目を全うする事も出来ない。レミはこれまでとは全く違う生活を強いられる事になったのだ。下界に暮らすようになりレミには色々な苦悩や考える事があったのだろう。でも、それでも彼女はこちらの世界で輝希と共に生きていかなければならないのだ。だから彼女のトレードマークでもあった長髪をばっさりと切った事、学校へ通い始めた事はレミの決意の表れなのだろう。
「増田、君はさっき何を考えていた?」
レミと並んで学校までの道のりを歩いていく、この数ヶ月ですっかりと見慣れた光景だった。そして道中、ふとレミはそんな事を聞いてきた。どうやらさっきぼんやりと考え事をしていたのを見られていたのだろう。彼は少し答えに困った、正直に答えるならば蛍の事を考えていたのだが、輝希は彼女の話題を出す事を避けるようになっていたのだ。だからとっさに、
「いや別に……そういえばミカは元気にしてるかなって思って」
それとレミの事ではないがもう一つ変わった事があった。
それはもう一人の天使ーーミカが天界へと帰ってしまった事だ。
結局彼女が天界に帰れなかった理由は、ミカ自身の思い込みが原因だったのだ。レミは輝希と魂が混じり合ってしまい天界へ帰る事が出来なくなってしまった、それを聞き自分もそうなのだろうとミカは先入観を抱いてしまい、天界に昇ろうとする際に力を無意識に抑えてしまっていたのだ。今にして思えば鈴木やレミが言っていた『彼女が馬鹿だからとしか』という意見は案外的を得ていたようだ。
「ミカか。そういえば年末にはこちらに姿を出すといっていたぞ」