「ミカっ、二人はどこに行くと言っていた!?」
「ええ!? そこまでは聞いてませんよ!」
いまだにたっぷりマーガリンを塗りたくっているミカ。レミはそんな彼女に、
「仕方ない! 自分たちで探すしかないな! レミ行くぞ!」
レミはマーガリンを塗りたくるスプーンを持つ方のミカの手を鷲掴みにする。
「ちょっと待って下さい! 一体何が!?」
仕方なくこれ以上の上塗りはやめたミカ。すでにパンの上には2cmぐらいマーガリンが積もっていたが。
「いいからついて来い! 戦闘になったらお前がいた方が有利だ!」
グイッとミカの身体を引っ張るレミ。ミカは観念したらしくパンを食べながら、
「戦闘!? 緊急事態ですか!? わかりました! いきましょう!」
「ああ!」
そして二人の天使は翼もなく宙を舞ったのだった。
★
あの事故の日をやり直す。輝希はそう彼女に誘われた。しかしそれは不可解な事だった。
だって蛍はあの日、事故があった事を知らないはずなんだから。
レミとミカは確かに言っていた。あの日、輝希が生きているのか、死んでいるのか分からなかったので記憶を改ざんしたと。だから事故の事を覚えているのは僕だけだと。なのに彼女は覚えていたのだ。
あの日と同じ待ち合わせ時間を指定してきた蛍、そして彼女はやはり同じ時間に待ち合わせ場所に現れて、
「おまたせ」
そう言っていつもの少年みたいな笑顔ではなく、あの時のような女の子らしい表情をみせるのだ。
そして格好もやはり、ふんわりとしたラインの淡い黄色のボーダーニット、それとあまり見た事のないスカート姿(サーキュラースカートと言われるものだろう)、バックだって持ち歩かない方が多いのに今日はいつものそれより大きく可愛らしい物を持ち合わせている。
とあの日と全く同じ格好をしていた。
「違う」
「何か言った輝希?」
でも輝希にはわかったのだ。
これは新しく買ったものだと。だって彼の記憶が正しければ、
あの日、彼女が着ていたものは僕の血で汚れてしまっているはずだから。それに、
「蛍、どこかやっぱり調子が悪いの?」
「え? なんでそう思うの?」
いくら見た目、表情、時間、様々なものをあの日と一緒にしても輝希には分かる。彼女はどこかおかしい。例えるならば彼女が風邪の日に無理矢理学校に来た時、それを数倍酷くした様な感じがした。輝希は堪らず、
「だって顔色も悪いし、何か様子がおかしいよ」
輝希は嫌な予感が頭をよぎる。こんな彼女をあの日のように連れ回す事など出来ない。輝希は帰るように促すが、
「ふふ、やっぱ輝ちゃんすごいな、化粧なんかじゃ誤摩化せないな」
彼女はいつもの少年の笑顔でもなく、あの日の少女みたいな笑顔でもない、どこか吹っ切れた笑顔を見せた。たしかにいつもはナチュラルメイクな彼女の肌が今日は初めてケバく感じた。
「昨日も調子悪そうだったしさ、もう帰ろう? ほら、身体が治ってからまたいくらでも来ればいいんだし」
依然と態度を崩さない蛍。しかし彼女は自分で体調が悪い事を遠回しながらに認めたのだ。ならばここは男として絶対に譲れない。例え彼女が行きたいといってもだ。しかし、
「ううん、よくなんてならないの」
「え?」
思わず耳を疑う。だが彼女の顔は真剣そのもの。そして、彼女は今にも泣き出しそうな表情でこう言ったのだった。
「輝ちゃん、これは私の最後のお願いなの。だから聞いて下さい」
最後のお願い。そんな言葉を普段使おうものならば輝希は怒っていただろう。例え冗談だとしても。もう二度と使わないでくれ。そんな事を怒りと悲しみに満ちた顔で言ったはずだ。
「ね?」
でも、その無理にでも、無理にでもいつもの表情を作ろうとする彼女からは、本当に最期になってしまうじゃないか、そんな雰囲気さえでていて。
「うん、わかったよ」
気がついたら僕はそう言っていた。