唐突に椅子ごとわざと震えるレミ。そんな事をしたらまたこのおっさんに勘違いされるだろ、と輝希は内心焦った。しかし鈴木は逆に微笑ましそうに、
「そうか……君達は仲がいいのだな。ビックリしたよ」
「ええ。このつまらない男との同棲生活をおもしろくしようとした私とミカの努力の結果です」
「帰る努力はすぐ止めたけどな」
と悔しくてぼやく輝希。鈴木は帰るという言葉を聞いた時に短く『んっ』と声を漏らしたが輝希達は気付かなかった。
「うむ、では話を戻すが、」
「次はなぜ増田君の身体が一晩で元通りになっていたか、についてだが」
話を本題に戻す鈴木。確かにそれも疑問だった。自分でもわずかに覚えてはいるが、あの時僕の身体は車に跳ねられ重傷を負っていた。なのに何故?
「ええ。仮に肉体的に優れていてもあの回復力は人間ではありえない。一体何があったんでしょうか?」
レミの言う通り先の話を踏まえてもその回復量は異常。人間の域を超えていた。そして、その原因はやはりというか人間以外が関わっていた。
「それはだね……レミ君、君が無意識に力を送ってしまったんだよ」
その答えはレミにも意外だったらしく珍しくつり目を大きく見開いている。二人は当然分かっているらしいが力、それが輝希には何なのかパッとせず、
「無意識に力を?」
「ああ。あの日、弱っている君にレミ君は天使の力を使ってしまった。天使は無限の生を持つ存在。それが人間に伝わればこういった事が起きても不思議ではない」
と補足をしてくれた鈴木。輝希自身に実感はないが、そう言われればあの不思議な事態も説明できる気がした。天使の力というのが関わっているのならば何が起きてもおかしくはない。しかし、レミは未だ眉を寄せたままで、
「まさか。私はそんな事はしていません」
「まあ君には自覚はないだろうな。だから無意識に送ってしまったと言ったろう?」
「しかし、私は、練り物にしか力を送れませんよ?」
そうだ。確かにレミはそう言っていた。なら人間である輝希にレミの力は送れはしない。しかしそれは鈴木も承知の上だったようだ。
「そうだな。いやだから勝手に力を与えてしまったというべきか」
「というと?」
「だから身体が勝手に誤解したんじゃないか? 彼をハンペンか何かと」
なんて頭の悪い発想なんだ。輝希はもっとまともな理由を想像していたので拍子抜けしてしまう。だがレミは違ったらしく、輝希の方をバッ! と振り向いて、
「……」
ジー。と彼を凝視。つま先からつむじまで全身くまなく観察。なんだか照れてしまう。そして彼女は結論が出たのか、再び媒体のチクワの方を向き直して、
「さすが長官だな。着眼点が違う。確かに増田はハンペンそのものだな」
うそだろ。奇跡の論破が達成した瞬間だった。
「まあ、確かに感覚が違うね。あれかな、僕ってそんな色白かな?」
ハンペンと僕の共通点なんて色ぐらいしかないだろう。そう思って質問したがレミは、
「まあ人間なんて肉の塊だしさ、大きな練り物という解釈だって出来るだろう」
「出来ないよ。別に練られてる訳じゃないし」
「しかしだ、あの時の君は事故後でグチャグチャになっていてまるで練られたようにーー」
「こわっ! やめて、それ以上言わないで」
「……おほん。話を続けてもいいかね?」
嘘くさく咳き込む鈴木。再び脱線しかけた話を元に戻す。
「と、すみません長官」
「うむ、でだ、次はレミ君とミカ君が帰れなくなってしまった理由なのだが」
「その理由もわかったのっ?」
思わず鈴木の話を遮る輝希。自分でもどうしてか分からないが、まな板に顎が付くくらいに顔を近づけてしまった。いや本当はわかっていた、誤摩化していただけなのだ。
僕は恐れているんだ。彼女達が帰ってしまう事を。