昼休み。B棟三階。手芸部室。教室全面に手芸部の作品が置かれた、非常にファンシーな部屋だ。中には真子と千佳子の二人。中央の机をくっつけ、向かい合わせで椅子に座る。机の上には二人の弁当箱と水筒。昼食は手芸部でまったりと食べる。それが彼女達の日課だった。
「へぇ〜、またなんか色んなの増えてるね〜」
箸を持ちながら、真子は感心するように囁く。目線の先には、タペストリー、編み物、ぬいぐるみ等、様々な物があった。
「うん〜、あっそうだ。あれ見て〜、私が造ったんだよ〜」
千佳子は近くの展示ケースを指差す。その先には、何かヒトデの様な物があった。
「新作ぬいぐるみの“さざんくろす“だよ〜」
「おぅっ」
“さざんくろす”はとても奇抜な形をしていた。白い星形の身体、飛び出た丸目、三つ指の手足、お茶目に舌を出した口。一言でいえばとても不気味。真子は引きつった笑顔で、
「なんてゆーか、超ち〜こっぽいね……」
「へへへ〜〜、でしょ〜〜」
千佳子はカワイイもの好き。裁縫技術も高い。だが価値観のズレだろう。時々こういったレア・クリチャーを生み出す。
「ははは……う〜ん」
真子は反応に困って再び苦笑い。そして気を取り直して弁当に手を付ける。母親お手製の栄養バランス弁当だ。
「あ〜、真子のからあげ美味しそ〜。交換しよ〜〜」
「いいよ〜。じゃあ、ち〜このウインナー頂戴〜〜」
「あい〜〜」
千佳子のピンクの弁当箱へと箸を伸ばす。真子はそこから犬を模したウインナーを掴み上げる。そして感心したように、
「ち〜この弁当、今日も凝ってるね〜」
「うん〜、今日のキャラ弁自信作なんだ〜」
中身を改めてよく見る。パンダおにぎり、星型の卵焼き、にんじんのウサギ、他にも細かな工夫が、数々みられた。
「ほぉ〜、よく出来てるね〜。むっ、ウインナーうまっ」
たわいのない会話。いつもの日常。だったが、突然部屋の扉が開き、
「ふぅ〜午前中疲れた〜」
「実はほとんど寝てたよね?」
「なっ」
日常崩壊。なぜか実と柚菜が来た。昼食(柚菜はパン、実は弁当)を持って。近場の椅子を運び、そして当然のように真子達の近くに座る。
「あっ千佳子の弁当美味そう。俺のワケノシンノスの味噌煮と交換しよ〜」
「あっ先輩〜、いいですよ〜でもワケノ〜シンノ〜スって何?〜」
「イソギンチャクだよ」と柚菜。
「へぇ〜デロンデロンしてる〜。ところで先輩は誰なんですか〜」
「私は柏木柚菜。実のクラスメイト。よろしく」
「へぇ〜よろしくです〜」
「千佳子、こいつ自分のまな板がコンプレックスだから、巨乳には冷たいけどよろしくな」
「実、ご飯食べ終わったら、静かなとこ行こっか」
「ってなんでいるんですかっ、しかも普通にご飯食べてるし! 馴染んでるし!」
たまらず真子はツッコむ。だが実は以前マイペースで、
「いや〜だって、ゆっくり勧誘出来るのって昼休みぐらいじゃん? 昨日も急に帰っちゃうしさ〜」
「いや、別にゆっくり勧誘されても入りませんからっ」
実は両手を合わせて、
「そこを頼むよ〜〜ボランティア部に入ってくれよ〜。ほら柚菜からも〜」
「別に、本人が入らないって言ってるからいいんじゃない?」
「そんなドライなぁ〜」
「っていうか、なんで楠先輩までいるんですか?」
真子は露骨に不機嫌そうに訪ねた。対する柚菜も機嫌悪そうに、
「実に頼まれて仕方なく、ね」
真子は嫌み全開笑顔で対抗。
「へぇ〜、それは災難でしたね〜」
「うん、ホント迷惑。二人ともね」
「ムカっ!」
昨日のように、陰険な空気が漂う。そしてそれを破ったのは、甘くおっとりした声。
「はぇ〜、よくわかんないけど、真子ボランティア部に入るの〜? というかそんな部あったけ〜?」
「うん。まあ部じゃないんだけどね。あと別に入らないから」
「だけどお前って、テニス部をやめて今、フリーなんだろ?」
「う、まあ、そうですけど」
実に痛い所を突かれ、竦む真子。確かに真子はテニス部に所属していた。ダブルスで夏の大会に出場。四回戦敗退。成績は、初めてにしては上出来。でも中途半端な成績に、逆に冷めてしまった。翌月には退部。仲の良かったペアとは、喧嘩別れで疎遠になってしまった。
竦む真子に、チャンスとばかりに攻め込む実。
「じゃあ、入ってもいいんじゃねっ?」
「いや……部活ってのが、まず性に合わないみたいなんで……」
「そんなん、絶対後悔させないって。それに経験者がいてくれた方が助かるしっ」
「っ、でも……」
「なんでそんな嫌なんだ?」
「その、なんて言うか、」
言い淀む真子。でも素直な思いを口にする。
「正直……ボランティア部に、いい思い出がないんですよ……」
「中学の事か? でも俺たちは真面目にやってるぜっ」
「でも……」
「そんなん大した事じゃないって、悩みすぎだよっ。もう忘れちゃってさ〜」
「先輩には、解らないですよ……」
「若いな〜、そう考えてる内はなにも変わらなーー」
「っ! いいかげん、もう諦めてください!」