「もう、お別れのようだな……」
よく見るとイワンの身体は薄く光りに包まれており、彼の身体は先端の方からまるで光の粒にも似たものへと変化して天井辺りまで昇ったところで霧散していく。どうやら彼の肉体も最期の時が近づいて来たようだ。イワンは最後にレミへと、
「レミ、地獄の果実には手を出すなよ。絶対にな」
「ああ、当たり前だ。馬鹿者が」
馬鹿者。そう呟いたレミの表情は怒っているように見えた。だが当然だ、オレはバカだった。地獄の果実に手を出せばこうなる事はわかっていたのに。それなのに自分を押さえる事が出来なかった。しかし口に出したもののレミにその心配は必要ないだろう。だって、彼女はオレなんかよりもよっぽど強い少女なのだから。
「そうか……それもそうだな」
そして、それが悪魔、いや天使イワンの最後の言葉となった。
「当たり前だ……イワンのバカが……」
蛍の時と同じくイワンの肉体はまるで粒子のように頭上へと消えていく。神秘的にも見えるそれの最後の一粒が天に昇った時、レミは一人ごとのように呟いた。でも気のせいだろうか。言葉の内容とは裏腹に、
彼女の横顔が酷く悲しそうに見えたのは。
「蛍、終わったよ」
イワンの最後を見届けた後、三人は再びグランドを訪れた。消えて行った彼女ーー蛍の衣服を回収するためだ。輝希は屈んで蛍の上着を掴もうとして、そこである事に気付いた。
「あ、これ……」
輝希は今日、蛍はあの日と同じ格好をして来ていると思っていた。
でも一つだけ違うところがあったのだ。
それはネックレス、服の下に隠れており気付かなかったが蛍は着けて来ていたのだ。あの日、輝希がプレゼントしたバーリー・イースのネックレスを。
「蛍……」
彼はネックレスを右手で強く握りしめて、そして祈る様に目を閉じた。
蛍、さよなら。
……。
蛍、また会えるよね。
君が生まれ変わっても、また会えるよね。
蛍……。
蛍。
じゃあね。
彼は何度も心の中で呟く。愛する人の名前を。
もう会える事なんてないと本当は理解しているのに。
忘れてしまえれば楽なのに。
でも、忘れる事なんて一生出来ないから。
だから輝希はずっとこの先も蛍の事を想い続けるのだろう。
そして月日は流れていく。例え少年がどんな想いを抱いていたとしても、時は変わらずに過ぎ去っていくのだ。