「……ごめん、君の気持ちも考えずに自分だけが辛いような言い方をして……」
「増田、別に君を責めるためにこんな事を言ったわけではない」
声と落とす共に輝希は俯く。レミはそんな彼をジッと見つめたまま言葉を続ける。
「君が蛍を失った事による心の傷は、私が想像しているものよりもずっと深い傷なのだろう。正直、私ではどうする事も出来ない」
レミは表情に乏しく誤解されがちだが、彼女はとても人の気持ちの分かる少女だ。だから敢えて輝希の方から口にするまでこの話題を避けてきたのだろう。いくら輝希を励ましても、蛍を失った悲しみを分かち合おうとしても、それは薄っぺらなものにしかならないと知っていたから。
「……でもな、それでも生きていかなければならないんだ。私も。お前も」
「レミ……」
顔を上げて彼女の顔を見つめる。確かに、彼女では輝希が抱えている全てを分かち合う事は無理かもしれない。しかし、それと同じようにレミが抱えている悩みも輝希の想像を超えるものだろう。生まれた地を離れて、仲間や家族とも離れ、“自分だけが違う世界”に来てしまった。その苦しみは“蛍だけがいない”いつもの日常に生きている彼より辛いものかもしれない。でも、それでも彼女はこうして生きている。相変わらずその瞳は深い色をしていた。でもそれはレミが達観した人間だからではない。
彼女は、ただそう振る舞っているだけなのだ。冷静な自分を保つために様々な感情をレミはしまいこんでいる。だからその瞳のさらに奥、心の中には様々な迷いや悩みがあり、ただそれを隠そうとしているだけなのだ。
そう、彼女は人一倍自分に厳しいだけの、ただの少女なのだ。
「それに増田、蛍の死を自分のせいだと責めるな。彼女は望んでそうしたのだ。自分よりも、君がこの世界で生きていく事を望んだんだ……だからもう生きている事を責めないでくれ。それは蛍の気持ちを踏みにじる事にもなる」
そうだ。僕は、彼女が願ったからまだこの世界にいるのだ。悪魔であるイワンに、蛍が自分の命を差し出したから。自分よりも僕が生きる事を望んだから。僕が、彼女に生きて欲しかったのと同じように。
なら、生きている事をもう否定してはいけないのだ。命をくれた蛍のためにも。
「そうか、そうだね……ありがとう……少し気持ちが楽になった」
呟いた輝希の口元は自然とほころんでいた。思えば久しくレミの顔を正面から見ていなかった気がする。おそらく輝希は恐れていたのだろう、人と真正面から向き合う事を。蛍を失ったあの日からずっと。
レミに対して微笑む輝希。その顔はずっと悩んでいたせいか少しやつれた印象だった。でも、出会った頃のような優しい表情がそこにはあったのだ。レミは口元に微かな笑みを浮かべて、
「そうか……よし、では学校へと向かおうか」
「うん」
頷き二人は再び学校へと歩み始める。しかし、彼女は少し進んだところでまた立ち止まってしまった。レミが後ろをついて来てない事に気付き輝希が振り返ると、
「増田、それともうひとつ言っておく事がある」
「どうしたのレミ?」
顔をみるとその頬は先程よりも少し赤く染まっていた。彼女は元々感情があまり表情にでない方なので、その変化はより目立って感じられる。一体、どうしたのだろう。不思議そうに見守る輝希に対してレミは静かに、
「増田よ」
そして彼女は初めてみる満面の笑顔でこう言ったのだった。
「約束しよう。私だけは君が死ぬまで、ずっとそばにいると」