「ええと、あの日は一番初めに駅前のカフェに行ったんだよね」
「うん、そうだったね」
足取りが危なかっしい蛍を気遣いながら二人は畠山市の街中を歩いて行く。本人は大丈夫と言っているがやはり気乗りするものではない。
「あのさ蛍、蛍はなんでそこまでして今日出かけたいの、それに……あの日をやり直すだなんて」
彼女の体調が良好でないのは誰が見ても一目瞭然だ。なのに何故そこまでして今日出かけたいのだろうか。そして何故、あの日をやり直したいなんて言うのだろうか。彼の頭には疑問ばかりが浮かぶ。蛍は薄く微笑みながら、
「輝ちゃん、あの日、」
「私に言いたい事があったでしょ?」
少し恥ずかしそうに彼女はそう言った。そう、輝希はあの日確かに彼女に伝えたい気持ちがあった。きちんとデートが終わったら蛍に言おうと、初めから決めていた。彼女、赤土蛍に告白すると。
「え、あの、それは」
でも何故それを彼女は知っているのだろうか。動揺する輝希をみて蛍はクスリ、と笑うのだ。あの日のような可愛らしいおしとやかな笑みで。
「やっぱり、なんとなく雰囲気で分かっていたよ」
だってずっと輝ちゃんを見ていたから。
ずっと一人の男の子だけ、あなただけを見ていたから。
そんな大切なあなたが、あの日は覚悟を決めたような顔をしていたから。だから蛍には自然と分かる事だった。
「それに実はね、私も伝えたかった事があるんだ」
だから私はその気持ちに応えるつもりだった。私からもあなたに伝えるつもりだった、ずっと好きなんだって。
「蛍……じゃああの日の事を覚えてるんだね」
レミの行った記憶改ざん。理由は分からないがそれが蛍に効いていない、それは話を聞いていれば明確な事だった。だが輝希は口に出さずにはいられなかった。
「覚えてるよ。それにあの子達の正体も、天使なんでしょう」
彼女は思い浮かべるのだ、レミとミカ二人の天使の顔を。本当は認めている。彼女達は輝希を笑顔にしてくれるし私にも優しい、すごくいい子達だと。本当は感謝している。あの子達は輝希を孤独にしない、彼に寂しい思いをさせない事を。でも、
「蛍、それってどういう」
「でもね、」
焦る輝希の言葉を遮るように蛍は呟く。その顔は今日初めて見る不機嫌そうな表情。体調が優れないせいもあるのだろう、その顔にはより一層の嫌悪感が見えた。
「今、その子達の話なんてしないで、お願いだから」
そう、それでも輝希の側にいれる彼女達を憎まずにはいられないのだ。
蛍は二人が天使だという事を知っていた、彼女達が親戚ではない事を、それにこの寂しそうな表情、まるで自分の居場所をとられてしまったような悲しそうな顔。それでけで彼女が二人の天使に対してどんな感情を抱いていたのか分かる様な気がした。そして、
知らなかったとはいえ、蛍をそんな気持ちにさせていた自分がとても酷い奴に感じた。
日曜の賑わう街中。横を歩く蛍を見ると少し調子を取り戻したのだろうか、自然な可愛らしい笑顔をしていた。それを見ていると本当にあの日、あのデートの時に戻ったような感覚だった。そしてそれは蛍も同じだったらしく、
「なんだか本当にあの日のデートをしているみたい」
「……僕も今同じ事考えていた」
振り向いて彼女はそう呟くのだ。あの日のような少女らしいはにかんだ笑顔で。それがあまりにも眩しくて、嬉しかったはずなのにそんなぶっきらぼうな答え方しかできなかった。
「不思議だよね。小さい頃からっずっと一緒なのに。普段はこんな事思わないのにさ」
幼い頃からずっと見てきた輝希の表情、笑うと本当に女の子のような中性的な顔、愛おしいけど普段は弟のようにしか思わないのに。なのに、
「なんだか、今はドキドキするんだ」
柄にもない事を言ったからだろう、蛍はまた顔を赤くする。でもその顔は恥ずかしがっている感じではない、彼女は実に嬉しそうに微笑むのだった。