1 第四準備室
私、真木真子は努力が嫌いだ。
そう、嫌い。なんかムズ痒い。単語がもう暑苦しい。聞くと萎えてしまう。だからなんでも中途半端。この前から始めた『すごいVヴィジュアルボーイ・ま〜さし』の新ダイエット“断食次元空間カリオストロ”も一日で卒業してやった。
あれは普通できない……そう思いたい。
はぁ〜あ〜。なんでいつもこうなんだろ。嫌だなぁ。
つまり、そう。私は努力なんかよりもさらに、
ーー自分が嫌いだ。
★
「風、気持ちい〜〜」
ぐったりとした顔から呟きが漏れた。我ながら間抜けな声だと少女は思う。
放課後の校舎をドタバタと駆け抜ける足音が二つ。季節は秋。景色とは逆に騒がしい光景。少し肌寒い廊下を慌ただしく走り抜けていく。
人ってこんな浮くんだ。
少女ーー真木真子の素直な感想だ。一本結びの根っこを掴まれ、引っ張られて廊下をドタバタ。コメディな状態。真子の髪を掴んで廊下を走るのは男。男だというのは制服でわかる。高校指定の地味な茶色のズボンだ。だが他は不明。見えるのは背中だけだ。それもほんの少し。真子は視線を上へ向ける。なんとか見えた。髪を持つ男の手。筋肉とは無縁の華奢な腕だ。
グイッ!!
「うぇっっ!!」
思わず呻き声。また激しく身体が上下。一本結びにされた後ろ髪が風に靡く。それは真子のチャームポイント。そしてお気に入り。黒髪セミショートで特に目立たない少女。そんな真子の唯一の特徴。
「降ろしてぇ……」
真子は心底そう思う。首が苦しい。というか髪が。これ絶対、何十本か逝ってるだろ。と心の中で怒りを露にする。
『へぶっっ!!』
男が突然止まる。何かの部屋の前で。そして真子は反動を受けた。それもとびっきりの気が飛ぶような一撃だ。真子は廊下にペタンと落ちる。まだ髪は掴まれたままだ。いつ離す気なのだろう。
「痛ってて、いい加減に……って第四準備室?」
真子は床に崩れていた顔を上げる。するとそんな室名札が見えたのだ。
第四準備室。なんとなく知ってる。校舎のB棟。二階の奥にある特別教室だ。でも一回も行った事はない。それもそうだ。行く必要がない。ここには何もないから。特別教室ではある。だが授業では使用しないのだ。ましてや部活でも。だから行く必要がない。そこで、真子は急に恐怖を覚えた。第四準備室。なぜ自分がこんなとろに? 拉致? 何のために?
グィッッ!!
「ぐぇっ!!」
擬音と真子の呻き。まただ。また髪を引っ張られる。そのまま教室にズルズル。恐れていた第四準備室。あっと言う間にその中へ。中は割と奇麗。というか何もない。そして、教室に着くと同時に男は手を離した。そこで真子に久しぶりの自由。お帰りマイヘアー。後でケアしよう、絶対。そう深く誓う。すると不意に男が腕を差し出しきた。すらっ、とした奇麗な腕だ。
「お疲れ〜、立てるか?」
まるで少年のような声だった。真子は視線を上へ。華奢な腕を超え、男の全身を見て、
『ちっさ』
思わず声が出た。失礼な言葉。でもその通りの見た目。中学一年ぐらいの身長だ。だがネクタイからして二年生であろう。もちろん高校の。到底信じられないが。
「うん? 何か言った?」
「いえ、別に」
真子は割と奇麗な床から起き上がる。差し出された手。は、なんとなく無視。立って男と向かい合う。やはり小さい。真子はぶすっ、とした顔で男を見下ろす。
「ってか、あれ? 怒ってる?」
「ええ、まあ」
男の不安な声。もちろん真子はムカついていた。相棒いっぽんむすびを引っ張られた。それもずっと。当然キレる。だが男には真子の不機嫌があまり伝わっていないようだ。
「俺そんな悪い事したかな……うーん、まあいっか」
「よくないですよっ!!」
ついに臨界点突破。キレる真子。第四準備室に叫び声が響く。
「なんなんですか!!カラオケハウスにいきなり現れたと思ったらっ、無理矢理に学校まで連れて来てっ!! っていうか誰だよっ!」
真子の凄まじいラッシュ。だが男は未だニッコリな笑顔で、
「まあ、それはいいとしてーー」
よくねぇよ!!
『ボランティア部に入ってくれ!!』