男はビシッと言い切った。腕組み仁王立ちで。ボランティア部に入ってくれ、と。
「はぇ?」
真子の間抜け声。当然だった。帰宅部の真子。先程まで駅前にいた真子。一人楽しく虚しくカラオケな真子。別に寂しくない。嘘、やっぱ寂しい。そこへ突然現れた男。姿をみる間もなく、あっという間に拉致られる。その目的は、
「ボランティア部に入ってくれ?」
「うん!!」
男はキッパリ。
「……はぁ」
げんなりだった。自分は何を期待していたのだろう。
真子は帰宅部だ。放課後は直帰。それか寄り道。つまり、
「……もう帰りますね」
「ちょっ、話し聞けよっ!!」
がしっ、と肩を掴まれる。相変わらず力強い。動けない。
「……わかりました」
「うんうん、わかってくれたか」
笑顔で肩から手をどける。
「いやっ、やっぱわかんないです!!」
我ながら、ナイスフェイントだ。真子は自画自賛。軽やかに男の横を抜け、廊下にーー
「おっと」
「へぶっ!!」
脱走失敗。足をかけられた。派手に躓く。顔から床へダイブ。すごく痛い。
「あぅ……」
真子は鼻を押さえて、立ち上がる。顔がズキズキ痛む。
「ごめん、なんか逃げる気満々だったから、つい」
相変わらず笑顔な先輩。悪意のない微笑みだ。だから逆に腹立たしい。真子は満面の笑みで敵意を込め、
「いや、そうなんですけどね。超帰りたんいで」
「そんなこと言わず、ちょっと話そうよ」
グイグイ背中を押され、教室真ん中、向かい合った机の所へ。もう仕方ない。こうなったら、適当に相手に合わせよう。
「はあ、なんでこんなことに……」
「まあ、元気出せよ」
落ち込む真子の肩を手でバシバシ。糞だ、この先輩。真子は殺意の視線を送る。無意味だったが。
「もうホント……早くして下さいよ」
「まあまあ、そう悲観するなよ。世の中には無理矢理に拉致られて、変な組織に入れられちゃうパターンだってあるんだぞ」
「それ完全に今じゃないですか!!」
強く大きいツッコミが、第四準備室に響いた。
★
禄那市立美咲高等学校。平均的な偏差値。特徴のない茶色のブレザー制服。既存学科は普通科のみ。いたって普通の高校だ。
そこにある、とある教室。第四準備室。
校舎のB棟。二階の奥にある特別室。何の授業や部活にも使われていない不思議な教室。
「ボランティア部の部室だったんだ……」
呟いたのは真子。椅子に座りながら小さく呟く。
時刻は六時半。十月の空はかなり暗い。大気も冷たい。でも真子は帰れない。用意された椅子に座り、机を挟んで小柄な先輩ーー椎野実と向かい合う。
「でもボランティア部なんて、聞いた事ないですよ? 学校紹介でも聞きませんでしたし」
実はニッコリ笑って、
「まあ、正式には部じゃないけどね。人少ないから」
「じゃあ、同好会ですか?」
六人以上で部活、三人以上で同好会。それが美咲高校の規則だ。
「うん。きみを入れて三人だから、同好会だよ」
「小声で私を含めないでください!!」
真子はさらに呆れて溜め息。だが実は懲りずに、
「まあ、あれだよ。入って。ボランティア部に」
「……またですか」
さすがにしつこい。またキレそうだ。でも真子は堪える。それではキリがない。一度深呼吸して、
「……なんとしても、部(?)員を入れたいんですよね…… まあ、人の少なさには同情しますけど……」
「わかった。じゃあ、この入部届けを書いて、担任に出しといてね」
「何がわかったの!? 入るって言ってませんよ!」
「えぇ!! 違うの!?」
「いや、同情しただけですからっ」
ブンブン手を振り、誤解を解く。ここでキレてはいけない。
「なんだ、そっかぁ……」
実のテンションはダウン。再び椅子に腰掛ける。だが口元には笑み。なにか嫌な予感がした。実は手を組み、何かを思案するポーズをとる。そして、
「いや〜〜俺も同情はするよ」
「はい?」
疑問に思う真子に、満面の笑みで、
「いや、一人でカラオケ行ってたことだよ」
「なっ!! このタイミングでそれを!?」
完全な不意打ちだ。顔が赤くなるのがわかる。思えば確かに恥ずかしい。見られたくなかった。