『何一人でブツクサ言ってんだ?』
気付くと横に和也が立っていた。真子は椅子から飛び上がり、
『なっ!? え!? い、いつからそこにっ?』
『今来たばっかだよ。どうしたんだ? そんなに慌てて?』
『えっ、べ、別に〜……と、ところでさっきの、聞いてた?』
『あ? いや、よく聞こえなかったな。何かエロイ妄想でもしてたのか?』
『ちっ、ちがうわよ……うん、ならいいや』
恥ずかしそうに呟いた真子。再び椅子に腰を掛ける。和也に聞こえなくてよかった。そう思いながら胸をなで下ろす。だがその顔は少し寂しそうにも見えた。すると和也はほんの少し苛ついた表情で、
『なんだよ。そう言われると気になるじゃねぇか』
『別にいいわよ。そんな小さい事は気にしなくてっ』
『ふ〜ん、そこまで言うならいいけどさ……』
珍しくそのまま引き下がりそうな様子の和也。真子は話題変換も兼ねてそれを促すように、
『そうそう。ところで張り紙の方はどうなったの?』
『ん? ああ……それは、うん』
不意に言葉を濁す和也。その表情は彼が後ろめたい事がある時にみせるものだった。真子はもしやと思いながら、
『アンタ……まさか』
和也を指差してワナワナと震える真子。すると和也は僅かな沈黙の後に、
『てへっ。またしても殴っちゃいました〜』
そう言いお茶目に舌を出してぶりっ子ポーズをとる和也。それにより場は再び沈黙。真子は俯き押し黙る。そして不意に顔を上げてニッコリ笑顔で、
『……さあて、謝りに行こ〜〜』
『おい待てよ。なんでそんな事しに行くんだよ』
ガシッと真子の肩を掴む和也。真子はジト目で口を尖らせながら、
『なんでってアンタのせいでしょ。どうせまた変な言いがかりをつけて揉めたんでしょ』
『ちげーよ。アイツ等がグダグダうっせーからムカついて殴っちまったんだよ』
『それを変な言いがかりっていうのよ。ほらアンタも一緒に謝りに来なさい』
『はぁ? ふざけんなよ。行くわけねーだろ』
『またそんな事言って。だってパソコンが使えなかったら張り紙だって作れないでしょ?』
呆れた様子で答える真子。その姿はまるで聞き分けのない子供を諭す母親のよう。すると和也はイライラしながら、
『うっせーな。別にあんな所に行かなくたって犬捜しぐらい出来るっての』
そう言いおもむろにポケットから携帯を取り出した和也。パシャッと張り紙にあった犬の画像を撮る。そして携帯を操作しながら、
『こういうのは、こうやって、こうしてだな〜、あとはこうして……よし完成だ』
ポチッと最後の一押しをして携帯を閉じた和也。薄く笑いながら携帯をポケットへと戻す。その顔はどこか満足気だ。真子は不審に思いながら、
『……アンタ、何したの?』
『ああ。よく解んない迷い犬捜しのサイトに登録しといてやったよ』
『いや、よく解んないとこに人の電話番号とか登録しちゃマズいでしょ……』
『そういうのイチイチ気にすんなって。大丈夫だろ。だってコイツ自分から電話番号載せてきたんだぞ。だから他の不特定多数に知られたって気にしねぇよ』
『学校とネットじゃ大分地違うでしょっ。今すぐ消した方がいいって』
『なんだよ。うっせぇ〜な〜。暇潰しは終わったんだから、もうオレには関係ないんだよ。し〜らね』
『好き放題やったら後は丸投げって……酷すぎるボランティア部員だ……』
『いいんだよ。どうせこんなのイタズラだろうし。面倒くせぇからもう帰ろうぜ。俺は忙しいんだよ』
『ったく、暇って言ったり、忙しいって言ったり、ホント我が儘なんだからアンタは……もう私も知らないわよ』
独り言のようにぼやく真子。和也に続き荷物を持って椅子から立ち上がる。
『なんだよ? なんか文句あんのか?』
『べつに〜。なんでもありませ〜ん』
『ならよし。じゃあ行こうぜ真子』
『はいはい』
そう言い二人は教室を後にした。いつの間にか当たり前となった光景。二人でのんびりと過ごす放課後。そして適当な時間に帰る毎日。ごくありふれた日常。でも小さな幸せ。手放したくない幸福。だから真子は強く願ったのだ。こんな日々がずっと続けばいいな。