「……じゃあ次、」
そう言い彼女はまたニッコリ笑った。そして、
「次はミカちゃん」
薄桃色の髪をした天使の名を挙げた。
「あんな明るくて可愛い子なんて中々いないよ?」
そう心の底から言える。確かに彼女は作り物のように整った顔をしている。性格だってどこまでも明るくて、一緒にいれば元気をもらえるのは確かだ。でも、
「蛍より明るくて可愛い子の方がいないよ」
僕は蛍といた方が元気をもらえる。蛍がいるから、僕はどこまでも頑張れるんだ。
「レミちゃんは? あの子も面白いし、嘘みたいに可愛いでしょ? 目だってツンとした私より整ったつり目だし」
そう言って次は長髪の天使の名前をあげた。でも僕の気持ちは変わらない。
「僕は蛍の目、いや蛍の身体だったらどこでも好きだよ、レミよりも誰よりも」
レミの瞳の方がちょうど良いつり目で、整っているという人は確かに多いかも知れない。でも僕は蛍の瞳が好き、いや蛍の瞳だから好きなのだろう。
そこまで聞いて、彼女は全ての質問を終えたのだろうか。彼女は俯いて短く、
「ありがと」
と呟いた気がした。そしてまた顔をあげて空を見上げたまま、
「私、初めはあの二人、嫌いだったんだ」
「レミとミカの事?」
「うん。初めは私の好きな輝ちゃんをとられるんじゃないかって、正直焦った」
「蛍……」
心の内を語る蛍の横顔を見る。その顔はからかうような表情ではなく、顔色は悪かったがとてもスッキリとした晴れやかな顔をしていた。そして彼女は続けて、
「でも今は好きだよ。話してみたらいい子達だったし……輝ちゃんの本音が聞けて安心してるしさ、それに」
彼女はそこでスッと立ち上がる。よたよた、とグランドの方へ歩いて行き10mぐらいの所で輝希の方を振り向き、
「なんたってあの子達はもう輝ちゃんの家族、あの子達がいる限り輝ちゃんは一人じゃないんだ」
なんて本当に最後みたな台詞を言うもんだから、
「輝ちゃん、もう私は十分……最後に押し付けちゃう形になるけど、私、言うからね」
言うな。言わないでくれ。心の中で何度もそう呟く。でもそれは当然届くはずはないから輝希は大声で、
「蛍っ、言うなっ! 言わないでくれ!」
でもそれを蛍は聞き入れてはくれなかった。彼女は両手を広げてとても幸せそうな顔で、
「言います。私、赤土蛍は増田輝希が大好きです。この先もずっと」
「だから、さよなら」
「増田! そこから離れろ!」
レミの声とそれはほぼ同時だった。
ズルリ。そんな音を立てて蛍の首は地面へと落ちた。
「あ……」
僕の事を好き。そう言った彼女の口、それはもう胴体と繋がっていない。やがて聞きたくもない、彼女の身体が崩れ落ちる鈍い音が辺りに広がった。
「遅かった、か」
レミは悔しそうに歯ぎしり。レミとミカは空から降りて目前の敵を睨みつける。
「あ……ほ、ほた」
あまりに急な事態に涙は追いついてこなかった。そして声も上手く出てはくれない。ベンチの前に崩れ落ちた、二つに別れた彼女の死体。
そしてその上に浮かぶ生物。輝希は悲しみに歪む顔で、でも目だけは怒りを込めてその蛍の命を奪った者を睨みつけるのだ。
「イワン、随分と醜くなったな」
輝希の隣へと降り立ったレミは不快そうにそう吐き捨てる。だがそれは確かに醜い、そうとした表現できない歪な身体をしていた。
「これがあのイワン?」
ミカの知るイワンは背格好のいい好青年であった。性格は内向的だが容姿だけで言えば男前の部類だった。
しかし、今の彼にその面影はない。不格好なまでに伸びた足、左右で長さの違う腕、顔の至る所からコチラを見てくる眼球の数々、蛍を切り裂いた鋭利な長く伸びた爪、所々破けた黒い翼を羽ばたかせて彼ーーイワンだった者は首をぐるりと回しながら地上の三人を見下ろす、そして顔の半分以上まで裂けた口を震わせて彼は、
「イワン? そうオレ、僕はイワン、いや違う、違わないさ……レミ、ミカ、久しぶりだな」
「ああ、出来ればこんな出会い方はしたくなかったな」
「ええ、ですね」