「まあ一旦落ち着いたら? ほらお茶」
視線を元に戻すと、蛍がミカにお茶を差し出しているところだった。ミカは先程よりも大分落ち着いた様子で、
「あ、ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げお茶を受け取ろうとする。そして彼女と手が触れた瞬間、
バッ!
ミカは手を勢いよく引っ込めた。何事かと驚く蛍をよそにミカはまた辺りを確かめて、
「まただ……いる……この部屋のどこかに、」
そして怯え震えた声で、
「増田が、いる」
「いやここにいるよ。ここに」
ホラー映画調のトーンで話すミカ。正直事態についていけない輝希は呆れていた。あとさりげなく呼び捨てにされている。まあレミは普段からそうなので気にならないといえばならないのだが。
「いやまあ、そうなんですけど。何か、まだどこかに増田がいるようなですね」
と周り以上に訳がわからないという様子の当人。ここまでくるとレミもさすがに心配になったのか、
「怖いよ、いやミカお前怖いよ何言ってんの?」
「いや違うんですってレミちゃん、別に変になったとかではなくて、本当ーー、ほら、あの、え、え、どうなって、えーー」
一瞬の沈黙。そして次の瞬間、
「あばばばばばばっばばばっ」
ミカ崩壊。大きな目をグルグルとさせて小声で何かをひたすら呟いている。
こいつやべえ。
その光景を見守る三人はおそらく皆そう思ったに違いない。輝希はごくり、と喉をならして、
「どうしようレミ。ミカが壊れた」
「えっと、もしかしてこの子ってアレルギーがあった? 卵とか」
現実的な方向で原因を考える蛍。他二人はミカがバカなので、としか思ってなかったのでそれは意外な言葉だった。輝希は、なるほど! といった顔で、
「あっ! そうなのかも! レミ! ミカって食べちゃいけないものとかあった!?」
「ふむ」
と顎に指をあてて思考しるレミ、その顔は真剣そのもの。そしてエビマヨを指差して、
「じゃあエビの上のパセリとかがヤバかったんじゃないか?」
「いや他にいくらでもあるだろ! なんで一番可能性の低そうなやつを選ぶの!?」
と思いきや全く真面目に考えていなかったレミに輝希は声を上げる。そしてミカの取り皿を見て輝希は気付く。あ、あいつパセリ全部外して食べてる、と。
「冗談だ。私達にアレルギーなんてものはない。増田、分かるよな?」
「あ、そっか」
そう言われて輝希は気付く。そう、彼女達は天使だった。レミは以前こう言っていた、自分達にとって食事は嗜好品のような物で、必ずしも必要としてはいない、と。つまり身体の構造が人間と違うのでそういった症状が出る事がないのだろう。レミは輝希に意図が伝わった事を察すると、
「まあ食べ過ぎとかだろう。蛍、気にしないでくれ」
「え、そう……ならいいけど」
蛍にしては珍しく焦った表情をしていたが一応は納得したらしい。蛍は未だに『あばばば』と声を発するミカに少し戸惑いながらも、
「えと……ミカちゃん料理は美味しかった?」
「ハッ! 蛍さん!」
ようやく正気に戻ったミカ。ぐるぐると回っていた瞳に光が戻る。いつものおっとりとした顔で蛍を見つめて、
「えっと料理ですか? もちろん美味しかったですよ。というかこっちの世界に来て初めて手料理というもの食べた気がしました」
ニッコリと笑いながら感想を言うミカに対して、こっちの世界? と疑問を浮かべて蛍は苦笑い。
「え? あうん。ありがと」
「……まだ、どっか調子悪いのかな?」
とテーブルに身を乗り出して輝希に耳打ち。蛍にとっては不可解な物言いだが、レミと輝希にとってはミカの平常運転ぶりが分かる言葉だった。とはいえ自分の正体をばらしかねない言い方は控えてもらいたいな。あとで注意をしておくべきだな、と輝希は思う。
「いや大丈夫だよ。かなり失礼な事は言ったけど」
お茶をズズズと啜り愛想を浮かべる輝希。あと、口に合わないかもしれないが毎日料理を作っている僕への態度も少しは直してもらいたいな。とも彼は考える。まあそっちの方は多分無駄なんだろうが。