ううん、よくなんてならないの。
体調を聞かれて蛍はそう答えた。それは本当に手の施しようがない事なのか。
蛍自身が決め込んでいるだけで何か打つ手があるのではないのだろうか。そしてどちらにせよ、その身体が良好ではないのは彼女が時折見せる、苦痛に歪む表情、ふらつく足取りを見れば明らかだった。
果たしてそんな彼女をこの後を連れ回していいものなのだろうか。
最後のお願い。朝、彼女があまりにも切実だったから。だから思わず連れて来てしまったが、冷静に考えればきちんと彼女の口から事情を聞くべきだろう。
そんな事ばかりを考えてしまい、全く映画に集中する事ができなかったのだ。
「っ」
映画館のロビー、彼女はまた何もないところで躓いた。他の人達より今の蛍の足取りは遥かに遅い、なので周りに人気はなく特に目立つ事なく輝希は彼女の身体を抱きとめた……その腕によりかかる蛍の身体は常人より遥かに冷たい、体温を感じないといっても問題ないだろう。
やはりこの前感じた違和感は勘違いじゃなかった……。……もうこれ以上彼女を出歩かせるわけにはいかない。
「蛍……今日はもうよそう……そして落ち着いたらでいいんだ。詳しい話を聞かせて欲しい」
「……待って、私は大丈夫だから……どうしても今日、あの日言えなかった言葉を伝えたいんだよ」
輝希の上着をグっと掴み起き上がろうとする蛍。その切ない声、表情は見ているのも辛かった。輝希は目を閉じて一度深い深呼吸をする。そして、
「……僕も伝えたかった、でも、あの日をやり直さなくてもいいんだよ」
確かに僕はあの日彼女に伝えたい言葉があった。しかし、それは何もあの日をやり直さなければ言えないわけではない、勇気があれば、
「それはいつでも、今でも言えるんだ」
だって、これはいつでも思っている事なんだから。
「蛍、ぼくは、」
「待って」
ずっと好きだった。そう言おうと瞬間、蛍の人差し指が輝希の口元へと当たる。
そして彼女は痛みを堪えながら笑顔でこう言ったのだ。
やっぱりこの身体じゃ、あの日と同じは無理かもね。
そうだ、中学校行こうよ、通っていた中学校。
今日なら日曜だし誰もいないよ。きっと。
彼女がそう言ったものだから、二人は予定を変えて母校である中学校を目指した。途中彼女は何度も躓いた。運動神経の良い普段からは考えられない程に。足取りもおぼつかなかった。支えてあげようとしたが、彼女は笑顔でそれを断った。だから僕は何も言わずそれを見守った。
「あ、あのベンチ懐かしい、ね」
中学校についた彼女は開口一番そう呟いた。輝希は彼女を休める意味も含めて、
「そうだね、ちょっと座ってこう」
「さんせーい」
と彼女はあくまで元気なフリをするのだ。それが堪らなく痛々しくて、輝希は目を背けなながら彼女の後に続く。
ベンチに隣同士で座った輝希と蛍。二人は雲一つない晴天の空を見上げる。どれぐらいそうしていただろうか。彼女は空を見上げたまま、
「輝ちゃん」
「何?」
「林ゆり子って覚えてる?」
林ゆり子。通称ゆりちゃん。小学四年の時に二組だった女の子。頭も良くて可愛いい子。忘れる訳がない。
「覚えてるよ」
だって、その子から告白を受けた話をした時にいったんだから。蛍が好きだって、そして約束したんだから。だから忘れるはずがない。
「今、南校行っててすごい可愛くなってるらしいよ? どうする?」
「どうするって何が?」
どこから仕入れたのか。そんな情報を言う彼女。輝希は質問の意図が分からず眉をひそめる。
「だから、今でも輝ちゃんのことが好きだったらどうする、付き合う?」
と彼女は幼い頃のような、イタズラを思いついた子供みたいな顔でそう言うのだ。いつの間にか蛍はこちらを覗き見ていた。だからそんな彼女をしっかりと見据えて、
「僕は蛍が好きだ。だからその子とは付き合えない」
そう口にする。すると彼女はとても嬉しそうにニッコリと笑って、
「じゃあ次、次は中二の時の鈴木さん、あの人も輝の事好きだったでしょ?」
「蛍が好きだ」