2 天使達とチクワ
それは4月のある日の事だった。
畠山市の中心から少し離れた所にある住宅街。その中に少年ーー増田輝希の自宅はあった。彼が産まれる少し前に親が新築したらしく、白とブラウンを基調とした洋風の外観、30坪程の三階立てで、特徴としては一階の広々としたリビングダイニングキッチン、知り合いを呼んでパーティー等をするために作られたウッドデッキ、2階に造られた父親希望の読書等をするプライベートバルコニー(とは言え当の本人は海外転勤になってしまったので、ここが使われる事はほとんどない)等があげられる、この住宅街でもかなり新しい方に入る一軒家だった。
「ただいま〜」
と玄関のロックを外して輝希は靴を丁寧にそろえ中へ上がる。しかしその声に答える者はいなかった。事実、輝希はこの広い3階建ての家に一人で住んでいるようなものだった。父親は彼が幼い頃に仕事の関係でアメリカへと単身赴任。母親も出張ばかりしておりあまり家にいる事がなく、ひと月に1回ぐらいしか帰ってこなかった。しかし3日に一回ぐらいでおばさん(母さんの妹)が様子を見に来てくれるし、暇さえあれば幼なじみの赤土蛍が彼の訪れてきた。
だからさみしいと思ったことは一度もなかった。
「おかえりっす、ご主人〜」
と元気な声が不意に返ってきた。そうか、今は帰ればこの子達がいるから余計そう思うのかもしれない。つい先日まではただ宙を舞うだけだった自分の声に返事が来るのが嬉しくて、輝希は弾んだ声で、
「今日は先に帰ってたんだね」
「はい、レミちゃんが何か用事があるとかで」
と、その声の主はリビングの引き戸から半分顔を出してこちらを見ていた。その少女の名前はミカ。そして彼女は天使だった。
「ふーん」
輝希は彼女がリビングに戻っていくのにつられて、自身もその中へと入っていく。ミカは右手にソーセージみたいな棒状の物を袋に入れて持っていて、それをクチャクチャと食いながら輝希の前を歩く。
「それでレミは?」
黒のソファに鞄を置きながらミカに問い掛ける輝希。学校から直帰したので現在時刻は16時30分、大きなガラスの向こうには夕陽が広がっていた。
「あそこです。モグモグ。あの流し台のとこ」
そう言って彼女はキッチンの方を指差す。その間も食べる手は止まっておらず、棒状のものの二本目を袋から出す。まあ彼女が夕飯前に間食するのはいつもの事なので放っておこうと思う。
ちなみに彼女達天使は食べなければ死ぬという事はないらしい。ミカいわく嗜好品の一種らしく、人間のタバコや酒みたいなものとの事だ。だからその量も個人差がありミカはレミの三倍ぐらいの量を食べる。そしてキッチンに行くと流し台の所に椅子を持ってきて、
「ふむ、ほう、それで」
もう一人の天使ーーレミはチクワと話していた。
ちなみにこのチクワというのは別に天界の特別な装置とかを言っているわけではない
昨日まで冷蔵庫に入っていた(近くのスーパーで半額で買った4本入)の物だ。その内の一本を合成ゴムのまな板に乗せて対面する形で話していた。ちなみにそこでやっとわかったのだがミカが食べているのはその残りらしい。まあ今食べ終わってポイと不燃ゴミのゴミ箱に袋が捨てられたが。
「それでな、君がお世話になっている少年について分かった事だが」
と何かの冗談でこんなこんな事をしているのかと思ったが、そのチクワからは不思議な声がした。その声は貫禄のある4、50ぐらいの紳士らしい声で、
「少しまってください。長官。その少年が帰ってきました」
とそこでレミは輝希に気付いた。
「そうか……では少年にも聞いてもらうとしよう。もちろん彼に関係があるところだけだがね」
「は、了解です。少々お待ちを」