「ふ、ふふ」
そして、その中には来人が主犯となり起こした行動もある。彼は対象となった同級生を思い出し思わず笑みが溢れる。来人が目を付けたのは同じクラスの内気な少年。恐怖に支配され何をされようとも先生に言えないような性格だ。そのため少年に痛みを与えようという面子は簡単に集まった。数人に囲まれ数えきれない程の暴行をその身に受ける少年。泣き叫ぶ声を上げる度に過激さを増していく暴力。悲鳴を上げる自分を見て喜ぶ狂気の光景。そしてその後、少年はーー
「は、ははははっっっ」
一度受け入れてしまえばごく自然に記憶が蘇る。まるで自分が経験して来た事のように。 喜び、悲しみ。記憶は思い出として懐かしさすら伴いイワンの頭を巡る。
「いい、やはり学校はいい」
学校というのは思春期の衝動を持った完成されていない人間の巣窟だ。それらが日々様々な感情を抱き、それ故に悲劇のドラマが生み出され続けているのだ。考えただけで心躍るものがあった。
「そして、ここでまた新しい悲劇が生まれるのだ」
さて、ここに来たという事は覚悟は出来たのだろうか。イワンはより一層の笑みを浮かべて背後を振り返る。そこには、
「なあレミ」
「安心しろ。お前はここで終わるんだ、何も生まれなどしない」
真っ直ぐにイワンを見つめるレミ。彼を見つめるその瞳は仲間を見る目ではない。もはや眼前にいるのは悪魔、ただの敵だ。
しかし、レミは少なからずの動揺はあった。レミは完全に気配を消して近寄ったはずだ。天界状態を解いたわけではないが天使の力をほぼゼロにして後ろをとった。なのに彼は
「いや、違うな、終わりになんてさせない」
ニヤリ、何度目かの卑下た笑み。そして頬まで裂けた口を最大まで開けて、
「この遠藤来人の再出発はここから始まるのだ!!」
そうこの悲劇、二人の天使と こそが遠藤来人の新たな始まり、そして天使イワンの終わり、だ。わき上がる殺意を隠そうともしないイワンに対して、レミは至って冷静、酷く冷めた目線で、
「遠藤来人、それがお前の食べた記憶の持ち主の名前か」
レミはその名前に聞き覚えはなかった。まあ天界の人間である彼女には、下界の誰もが知る様な人物の事を聞いたところで分からない場合も多々あるのだが。だが再会してからイワンが述べている美学はおそらくその遠藤という人物の記憶、経験によるものだろう。だとしたら、到底まともな人間ではなかったのだろうな。
「違う、違うよ、レミ。記憶なんかではない。僕が遠藤来人さ、そして君の同僚であるイワンでもある」
「まあ、なんだっていいさ。どっちでも」
悪魔イワン。人間である遠藤来人。今の人格がどちらなのか本当の事は分からない。しかし、
「どのみちお前は消さなければいけないんだから」
もうどちらにせよあのイワンは戻ってこない。天使イワン、レミの部下であり寡黙な仕事を淡々とこなすイメージのある男だった。レミやミカは特に親しいわけでもなかったし、おそらく特別仲のいい者もいなかっただろう。しかし彼を嫌いという者も誰もいなかったであろうし、仕事において彼はみんなに信頼されていた。特に鈴木上官からの信頼は厚く、彼や、そしてレミも口には出さないもののショックを受けてはいるのは間違いない。だがそんな事をいくら考えても、もう全て意味のない事だった。
「そうだね、早く始めようか、オレもさ」
天使レミ、彼にとってその少女は憧れだった。そんな素振りは一度も見せた事はなかったので当の本人は知らないだろうが、イワンは彼女に心惹かれていた。その端正な顔立ちもそうだが、冷静な態度、凛とした表情、仕事に対する自分を律する様には親近感すら感じていた。そしてその冷静さの中に、仲間を思いやる優しさをちゃんと持っている、そんなレミはイワンにとって憧れだった。だからイワンの心はより踊るのだ。
そんな憧れだった彼女を、
ーーこの手で葬れるのだから。
「君を殺したくて堪らないんだよ!!」
痛み。それは鈍い痛みだった。
「くっ!」
イワンの叫び声と共にレミの後頭部を鈍い痛みを襲った。レミは上体を捻らせて後ろを振り向く。
が、そこにイワンの姿はなかった。