「え? それ、どういう事なの?」
輝希を見下ろし奇妙な事を言い出すレミ。すると彼女の代わりにレミが輝希を見つめて、
「ふむ、昨日の事は緊急事態だったからな。だから後で余計面倒な事にならないように、君以外の事故に関する記憶は全部なかった事にさせてもらった」
「ちなみに破損した車も現場も元通りですから。今度見学してきたらどうです?」
こともなげに人知を超えた事をしでかしたらしい二人。まあ二人の正体を考えればそれは不思議な事でもないのかもしれないが。輝希は驚きながら、
「すごいな。天使ってそんな事も出来るんだな」
「とはいえこんな事は滅多にしない。だから安心しろ。私達は必要以上に下界に干渉はしないからな」
と言いうっすらと微笑んだように見えたレミ。やはり時折彼女はこうして相手の心を見据えたような事を言い出す。だがこれで謎は解けた。だから蛍は昨日の事件について何も触れなかったのだろう。彼女も他の人と同じであの事故の事を覚えていないのだ。
輝希が納得した様子なのが分かるとレミはミカの方を向き直り、
「さて、いくかなミカ」
「そうですね。死者ならともかく、生きている増田さんとはこれ以上関わるべきではないですから」
「二人とも……」
そう言って突っぱねたような態度をとる二人。その言葉はわざと言っているようにも聞こえて輝希には思う。そうか、本来なら僕達は関わるべきではないのだと。だから敢えて彼女達はそう口にしているのではないかと。彼女達の言葉が、彼女達なりの気遣いに感じられてしまい輝希は目を優しく細めながら、
「ありがとう二人とも……元気でね」
なんて言葉が自然と口から零れる。少し寂しい気もした。会って会話をしたのは一時間たらずだったが、そう思えてしまう程に二人の天使は印象的で、とても魅力的だったからだ。だが仕方ない、僕たちは住む世界が違うのだから。
「ふん。私達は何もしていない。感謝なんかおかしいぞ」
「そうですよ……あと私達の事は忘れて下さいね……誰かに言ったりしたらお仕置きですからね」
と言って戯おどけるレミ。やはりその存在を公にするのは、彼女達にとって好ましい事ではないらしい。元々言いふらすつもりもなかったし、確かに忘れてしまった方が僕も寂しくないかもしれない。でも、それでもだ、
「うん、だれにも言わないよ……でも、僕は忘れないから」
「……ふ、そうですか」
といってそっぽを見るミカ。彼女にしては珍しくふっと短くかすかに笑い、その心情は窺い知れない。彼女がそれを聞いてどう思ったかは分からないが、僕はずっとこの二人の事を忘れないだろう。だって、忘れてしまう事の方が寂しい気がしたのだ。もうしばらく、少なくとも本当に僕が死ぬ時までは二度と会う事などないだろう。それにその時だっておそらく沢山いる天使達の中から彼女達と出会う事が出来るのだろうか。願ってももう会う事は出来ない。そんな寂しい思いをするぐらいならいっそ、忘れてしまった方がいいんじゃないのか。でも僕はこうも思うのだ。
こんな素敵な天使がいた事、それを忘れてしまう事の方が寂しいじゃないか、と。
「そうか……まあ口外しなければ、それは君の自由さ。好きにするといい」
「うん」
そう言ってレミもまた輝希に背を向ける。相変わらず彼女の感情は読みづらかったが、でも最後にみせた表情はどこか嬉しそうにも見えた。まあ、これはただの輝希のそうあって欲しい。その思いが作り出した幻だったのかもしれないのだが。
徐々にスウッと浮かぶ身体。その光景は不思議なもので、翼もないのに彼女達の身体は地面から少しずつ離れていくのだ。その姿はなんだかとても奇麗で、羽や天輪などなくとも、ああ彼女達はやはり天使なんだな、と改めて認識させられるものだった。
さよならミカ。
さよならレミ。