「うん、僕もだよ」
本当に不思議な感覚だった。いつもは彼女が隣にいる事に落ち着きさえ覚えるのに。今はこんなにもドキドキしている。でもそれは悪い意味なんかじゃない。心が熱くなるというか、落ち着かないけど嫌じゃないというか、とにかく不思議な感覚だった。
「じゃあ、次は映画館だったよね」
「ああそうだったね」
カフェを出た二人は映画館へと向かう、あの日と同じように。しかし当然だがあれから月日は流れており、あの時に観たアクション映画の上映期間はもう終わっていた。輝希は映画館前に大きく掲示されている上映リストを見上げながら、
「あの映画はもうやってないみたいだね」
「そうだね、じゃあ何か別のにしよっか。あ……」
蛍も頷き二人はずらっと並んだ上映作品を眺める。話題作、アクション、SF、感動作、色々とあるがどれにしようかと考え倦ねていると、
「蛍?」
彼女が別の何かを見つめていた事に気付く。目線を追うとそこにあったのは階段。その先はある上映館へと繋がっている。そしてそのある上映館というのが……アダルト映画専門の映画館だ。ちなみにアダルトといっても別にいやらしい作品だけではなく、表現が過激すぎるグロい作品等もこちらで上映したりするのだが……、まさか蛍はそういった物に興味があるのだろうか。
彼女の視線の先をよく見るとそこには一つの映画のポスターがあった。階段下の額に飾られており、どうやら新作ではなく結構昔の作品の再上映のようだ。再上映するぐらいならそれなりの知名度があるものだろうと思ったが、全く知らない作品だった。監督の名前は遠藤来人、らいとで読みは合っているだろう、まあなんにせよ知らない名前だ。おそらくB級映画としては人気があったのだろうが、あまりそういった方には詳しくない輝希にとっては全く馴染みがない。にしてもこの『さよならヲのべる』という作品、どうやら一応恋愛ものらしいが、過激な匂いがプンプンとする。ポスターにはおじさんが少女の首を包丁で切り落とす瞬間が写っており、輝希としては遠慮したい作品だった。というよりこんな人目につく所に張っておいて欲しくもない作品だな。
「蛍、それが見たいの?」
「いやっ、違うって……」
ずっと輝希が見ていた事には気付かなかったらしい。彼女は慌てたようにこちらを振り向く。 そしてその顔をみれば彼女が鑑賞を望んでいない事はすぐ分かった。なぜなら蛍も嫌悪感を露にした表情をしていたからだ。
「なんか結構グロそうだね」
「え……あ、そうだね」
歯切れ悪く呟いて蛍は目を逸らす。そしてギリッと歯を噛み締めて、
「ホント、悪趣味なんだよ……」
ごめんね輝、私はあなたを悲しませてしまうと思う。
でも、そうわかっていても私は少しでもあなたの側にいたかった。
だから私は悪魔に魂を売ったんだ。
結局二人が見る事にしたのは今話題の感動作『こんな僕らでも』。内容は原因不明の難病に蝕まれるヒロインとその彼氏の葛藤や愛情を描いた青春恋愛映画。前評判を聞く限り話題だけが先走っているわけではなく、かなり硬派なヒューマン・ドラマらしい。だが輝希はその映画を見るのは、正直遠慮したかった。
だって蛍の体調が悪い時にこんな映画を見るのは縁起でもない気がして。
この映画の少女のように蛍が不治の病だったらという不安ばかりが頭をよぎってしまって。
それに、蛍自身がこのヒロインと自分を重ねているような気がしたから。
でも、渋る輝希に彼女は静かに告げるのだ。ううんこれがいいの、と。その悲しそうな顔を見ていたら輝希は何も言えなくなってしまい、二人はチケットを二名分買って映画館の中へと向かった。
映画を見終わり他の観客に混じって二人は映画館を後にする。正直、輝希は映画の内容を全然覚えていなかった。彼は映画の最中、横にいた蛍が気になって仕方なかったのだ。
彼女はどんな気持ちでこの映画を見ているのだろうか。