「ふう……ってあれ、実さんじゃん。いつからいたの?」
「気付くの遅っ! いたよ最初っから!」
「そうなの? 小さすぎて分かんなかったよ」
「嘘付けっ、絶対視界に入ってただろっ」
「ん〜、身長もそうだけど、存在感もちっこいからな〜。分からなかったな〜」
「なっ!? ったく、お前はホント失礼だな〜」
「はははっ、ごめんごめん」
「……あのちょっといいですか?」
「ん? なんだよ真子?」
当然のように会話する二人。蚊帳の外な真子。頭には疑問符。手を上げ質問。困惑した顔で、
「先輩……美子と知り合いなんですか?」
「おうっ、割と仲良しだぞ」
きっぱりと肯定。複雑な気持ちの真子。苦笑いで、
「へ、へぇ〜……でもなんで美子と?」
「ん〜〜、俺ってボランティアで運動部の助っ人とかによく行くんだけど、それで仲良くなった感じかな〜」
「はあ、それで……っていうか先輩ってちゃんと部活動してたんですね……」
「おう、まあなっ」
「ふ〜ん、よく言うよ〜、ただ遊びに来てるだけじゃん」
茶化すように言う美子。どこか嗜虐的な笑み。昔は真子にも良く見せた表情。つまり仲良しに向ける表情だ。
「なっ、失礼な! ちゃんと練習相手してやってるだろ」
「どうだろな〜? 弱すぎて相手にならないからな〜」
「とか言って、お前だって時々苦戦するくせに〜」
「ん〜、球威はいいんだけど、コントロールがないからな〜。そこが直れば確かに苦戦するかも」
「へぇ〜、なら美子が教えてくれよ。やり方」
「いいけど、私の練習を手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「まあ気にすんなよっ。俺が強くなれば、もっと助っ人として役立てるんだから」
「まあ、それもそうか。なら、今度教えてあげるよ」
「おうっ、約束だからなっ」
「ふふ、うん。わかったよ」
「よしっ!」
薄く微笑む美子。ガッツポーズをする実。そんな状況に真子は嫉妬。昔は真子に対しても、笑ってくれた。お茶目な意地悪も言ってくれた。名前で呼んでくれた。でも今は全て崩れた。無愛想な顔で、真木。ただそう言うだけ。だから嫉妬する。美子の笑みを受けている実に。これ以上ここにいたくない。そう強く思う。真子は急かすように、
「ちょっと先輩っ」
「ん? どうしたんだよ真子」
「どうしたじゃないですよ。すっかり目的忘れてません?」
「目的……ああっ、試合かっ」
「そうですよ、全くもう……」
「いやあ、完全に忘れてた……それじゃあ、美子。俺達ちょっと用事があるから行くわ」
「へぇ〜、用事ってなに?」
「えっと、ちょっと野暮用で」
「私、真木に聞いてないんだけど?」
厳しい台詞を口にする美子。竦すくむ真子。消え入りそうな声で、
「っ……何もそんな言い方しなくてもいいじゃん……」
「……だって事実だし。私、真木に聞いてないし」
「……美子……」
「まあまあ、落ち着けって二人とも。美子もらしくないぞ? 冷静になれよ。な?」
実は慌てて仲裁。二人を宥なだめる。美子はバツが悪そうに顔を背けて、
「ふん、別にいいけどね……で、実さん。用事って何?」
「まあ、簡単に言うとテニス勝負だよ」
「テニス勝負?」
「ああ、俺が勝ったら、真子はボランティア部に。俺が負けたら、今後一切真子に関わらない。っていう賭け試合」
「ふぅ〜ん……ボランティア部にねぇ……」
「ん? どうかしたのか?」
「いやっ、なんでもない」
疑問の目を向ける実。美子は手を振って誤摩化す。そして、もう一度何かを思案する顔をして、
「……よし、面白そうだし、私が審判してあげる」
「おぉ」「なっ!」
「そうだな〜。美子の方が安心だしな。よろしく頼むぜ」
「ちょっと先輩、勝手に決めないで下さいよっ」
「え? なぜに?」
「だって……美子、先輩と仲いいですし……私のこと嫌ってますし……公平じゃないですよ」
「真木」
「……なに?」
「私、テニスの試合に私情は挟まないよ。絶対に」
真子を見据えてきっぱりと断言。瞳には強い意志。失言だった。テニスに対して誰よりも真面目。それが葉月真子。卑怯な事などしない。知っていたはず。なのに、嫉妬心から言ってしまった。公平ではないと。真子は自分を責めるように、目線を背けて、
「……ごめん、よろしく……」
「よし、決まりだね」
「おしっ、じゃあ美子、手続きしといて。俺ら準備してくるから」
「はいよ〜」
「よし、じゃあ行くぞ真子」
「うぅ……なんでこうなるんだろう……」
消え入るような声で呟く真子。テニス勝負。美子の登場。最悪の展開。自然と溜め息も出る。だがもう逃げれない。真子は重い足取りで、実と共に施設奥へと歩いて行った。
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