「ふう……」
テニス場近くの裏道。車一台やっと通れるぐらいの細道。電柱と塀に挟まれた窮屈な所。真子はそこを歩いていた。自転車を押しながらトボトボと。時折、風でデニムのスカートが力なく揺れている。
「はあ……」
また自然と溜め息が出た。テニスコートを出てからずっとこの調子。試合に勝利した。着替えもした。レンタル用品も返した。シャワーまで浴びた。それでも真子の心は晴れない。
「……また、変な事言っちゃった」
真子は思い出す。先の発言。少し考えさせて下さい。実にそう言ってしまった。あんなに嫌だったのに。なぜか気付くと言っていた。どうしてだろう。真子はそう疑問に思う。だが、答えは明らかだった。揺れているのだ。弱い自分の心が。
「……でも、これでいいのかな……」
自分の想いを確認するように呟く真子。さっきの試合のおかげだろうか。これ以上逃げたくない。今なら真子はそう思う事が出来た。少しだけでも前に進める。過去と向き合える。だが、迷いが無いと言えば嘘だ。事実、真子は今も戸惑いを感じていた。
「はあ〜あ……せっかくの休みなのに……」
深く項垂れる真子。せっかくの土曜日。それもまだ午前中。空も晴れ晴れとしている。なのに真子の心はどんよりと暗い。前を向こうとしても未だ弱さを抱えたまま。モヤモヤは消え失せない。そう、本当は真子自身気付いているのだろう。入部する事に意味はない。それもただの逃避でしかないと。だが、今の真子にそれ以上の事は出来ない。だから心は晴れないままだ。進まない限りずっと。
「……ん?」
ふと顔を上げた真子。左方を見据える。そこには古びた電柱。普段なら気に留めないような当たり前の物。だがそこには張り紙があり、真子はそれが何となく気になった。そして、引き寄せられるように張り紙へと歩み寄る。
「これって……」
近付いて張り紙を凝視する真子。まず初めに目がいったのは右下の小さな文章欄。そこには問い合わせ先が記入されていた。『美咲高校・ボランティア部』と。
「何してんだろ、あの人達……」
少し呆れたように呟く真子。まず部活じゃないし。そう思い苦笑。そしてなんとなく他の部分にも目を通す。
「え〜と、猫……探しています?……」
どうやら迷い猫捜索の張り紙らしい。紙面の上半分には大きく猫の写真がプリントされている。文はパソコンで書かれており、レイアウトも良く見やすい。好感を持てる張り紙だ。 そこで真子は不意に思う。これは柚菜が書いたのではないか、と。この正確な文。無駄のないレイアウト。彼女の性格が出ている気がする。それに実はありえない。とも真子は思う。まず、あの人はパソコン作業が出来なさそうだから。
「なんか……意外だな」
真子は苦笑した。だって可笑しかったから。あの美子以上に鋭い瞳。感情の感じられない冷淡な口調。人助けなんて微塵に思わなさそうな雰囲気。そんな彼女が猫探しをしている。だめだ。全く似合わない。想像出来ない。だから笑ってしまう。
そこで真子はふと思い出す。少し前の出来事。まだ真子がボランティア部だった頃。あの退屈だが悪くなった時間。彼と作った思い出。その一つを思い浮かべる。真子は自虐的に微笑みながら、
「そう言えば……私達も同じような事、やったよね」
そして胸の痛みを感じながらも、その名前を呟いた。
「和也」
真子は夢を見た。
それは中学時代の出来事。舞台はボランティア部の部室。肌寒い11月の話。時刻は夕暮れ。その日も何となく部室を訪れた真子と和也。窓際の椅子に向かい合わせで座っていた。もちろん他の部員はいない。だがこの二人にしても特に何をするわけでもない。真子はぼんやりとグラウンドを眺めていた。すると、
『なんかさぁ……暇じゃね?』
和也が机に項垂れながら何気なく呟いた。真子は視線をグラウンドに向けたままで、どうでもよさげに、
『何よ急に……別にいつもの事じゃん』
『そりゃあ、お前はいつもの事だけどな。でもオレはすごく退屈してるんだよ』
『へえ。そういえば今日はここに来るの早かったね』
『そうなんだよ。今日は顧問来るから、軽音部には来ない方がいいって言われてよ〜』
『ふ〜ん。まあ辞めた奴が堂々と部室に居るわけにはいかないからね』
『そうなんだよな〜。だからすげえ暇なんだよ。真子なんとかしてくれよ〜』
顧問との喧嘩。それが原因で軽音部を辞めた和也。そして世間体のため、無理矢理ボランティア部へ押し込められた。だが、辞めた今でも暇があれば軽音部に顔を出しているらしい。音楽が好きなのは変わらないようだ。そして、そんな和也を真子は羨ましく思う。だって真子はそんな風には考えられないから。前のサッカー部もなんとなくやっていただけだ。だから少し嫉妬してしまう。彼は自分と違い夢があるから。真子は僅かに不機嫌そうに、
『知らないわよ和也の事情なんて。そんなに暇なら先に帰れば?』
『ば〜か。彼女を置いて帰れっかよ』
『なっ、誰が彼女だっ!?』
『ああ。オレも嫌だな。お前みたいに色気のない女は』
『へっ?』