「あー、これいいな」「これいい感じだな」
偶然隣にいた客と声が重なった。その女性は輝希と同い年ぐらいの少女で、ミカよりもっとスッキリした前下がりショートカット、レミより細い奥二重な瞳にそれがしっくりくる少年顔。とその容姿は蛍と良く似ていて、
うん、というか、
「あれ輝希じゃん、とミカちゃん」
「……どうも」
「ご無沙汰です」
本人じゃん。ていうか、あれ、前にもこんな事あったよな。
「どうしたの、二人でなんて珍しいね」
場所と周りの空気を弁えてだろう、彼女の声のトーンはいつもより低めだった。にしても、蛍のお気に入りのブランド、という事は蛍本人がいてもおかしくはないのか。輝希は動揺し頭を掻きながら、
「いやまあちょっと欲しいのがあってね。一人で見に行くのも退屈だからミカに付き合ってもらったんだ」
「飯が食えるという事で来ました」
「そうなんだ……あのレミちゃん? って子はいないんだよね?」
周りを見渡し確認する蛍。その表情は少し強張っていて、彼女を警戒している風にも見えた。
「うん。今日は家にいるよ」
「そっか……へえ」
それを聞いて安心したのか、彼女は少し長めの息を吐く。それはほんの僅かな差だったが輝希には分かった、蛍はただなんとなく聞いたという訳ではないのだ。やはりレミに対してはどこか彼女の態度はおかしかった。それを気にならない、と言えば嘘になる。今ならさりげなく聞ける、でも、やはりそんな気持ちにはなれなかった。
「……蛍は何を見てたの?」
「え? ああこのネックレスが良いなと思ってさ」
彼女は一つの商品を指差す。それは偶然にも輝希が先程気になっていた物だった。
「本当に? それ僕も気になってたんだ」
「え、嘘? 輝希とセンスが同じってなんかヤダな」
「酷っ」
「冗談だって。確かにこれいいよねー」
輝希の反応を見てクスクスと笑った蛍は再びネックレスを見つめる。少し口元を緩めたその表情は実に幸せそうに見えた。それは愛用のブランドに対する愛着からか、それとも輝希と意見が合ったためなのか、その気持ちまでは彼には分からない。だがなんにせよ、その横顔を見ていて輝希は思う。
「ミカ、ちょっといい?」
「はい、何です?」
側で手持ち無沙汰に爪を弄っていたミカは顔を上げる。輝希は蛍から離れて隅の方までミカを連れていく。そして蛍に聞こえないように小さな声で、
「お願いがあるんだ、僕があのネックレスを蛍にプレゼントしようと思うんだ」
「はい、どうぞ」
と、特に興味なさそうにミカは答える、相変わらず爪を弄りながら。
「うん、だからさ、買ってくるからその間、蛍を引きつけておいてくれないか? バレたくないんだ」
「え、何故そんな事を? 買ってあげるよ、って言って目の前で買えばいいじゃないですか」
「そんな事言ったら蛍の性格的に遠慮するに決まってるよ。だからこっそり買ってプレゼントするの」
仮に誕生日プレゼント等であれば彼女だって迷いなく喜んで受け取ってくれるだろう、しかし今回は迷惑をかけたかも知れない、という曖昧な理由でしかない上に、ましてや高額なブランド品となれば蛍の性格からして受け取るのを戸惑ってしまうだろう。押し付けがましい形になるかも知れない、でも輝希はその作戦で行こうと思う。まあ輝希自身、面と向かって『なら買ってあげようか』なんて言うのが恥ずかしいという理由も多少はあるのだが。
「そうですか、まあ了解です」
若干気ダルそうな返事だったがミカは納得したようだ。彼女は輝希の頼み通りに行動を開始する。
「蛍さんちょっとこちらに」
「ん、どうしたの?」
ちょいちょい、と手首を上下させて蛍をこちらへ手招く、同時に輝希は蛍のいたネックレスのショーケースの方へと戻る。頼むぞミカ、僕が買うまで蛍を引き離しておいてくれ。と思った矢先、ミカは呼んでおいてからの何の関係もない、
「今日はいい天気ですね」
「そう? ちょっと曇ってたけど」
「よし、相撲でもとりましょうか」
「どんな会話だよ」
酷いな。あまりの内容にツッコんでしまった。この隙に買う予定だったのに。