「いや〜、参った〜」
ゲーム終了後。すぐさま審判台下へと集まった三人。実は晴れ晴れした笑顔で、真子へと賞賛を送る。
「完敗だぜ真子。俺の負けだよ」
「あ……はい」
「んだよ〜。俺に勝ったんだから、もうちょい嬉しそうにしろよ〜」
「いや……でも」
真子は戸惑っていた。美子の言葉。それがなければ真子は確実に試合に負けていた。そしてあれは試合中に許される行為ではない。それに美子を傷付けてしまった。だから真子は素直に喜べないのだ。そんな真子を励ますように、美子は少し微笑みながら、
「実さんの言う通りだよ真木。あれは私が勝手にやったこと。だからあんたは関係ない。気にしないで」
「美子……」
「そうそう。だから素直に喜べよ。な?」
「そうですね……ありがとうございます」
真子は思う。きっと二人も悔しい思いをしているのに、と。だけどそれを言うのはすごく失礼な行為だ。だから真子は素直に喜ぶ事にした。
「あ〜。でもこれでボランティア部入部の話は無しかぁ〜。どうするかな〜」
「っ……」
そう、真子は賭けに勝利した。だからボランティア部に入る必要はない。もう実に付き回される事もない。だが、真子の心は曇ったままだった。なぜなら、真子はまだ果たしていない事があったから。逃げていたものがあるから。でも、今なら少しだけ先へ進める気がする。
「実さん部員はもう諦めて、楠さんとイチャラブやってたら〜?」
「ん〜。俺はむしろそれでもいいんだけど、さすがに二人だとなぁ〜」
「あのっ、先輩」
顔を真っ赤にして二人の会話に割り込む真子。その瞳には迷いと覚悟が宿っていた。実はそんな真子を不思議に思いながら、
「ん? どうした真子?」
真子はラッケトのグリップを指でいじり、恥ずかしそうにモジモジする。そして自分でもわけが解らないまま、
「その、入部の事なんですけど……やっぱり、少し考えさせて下さい」
「えっ」
「なっ! マジかっ!? なして!? なして!?」
真子の言葉に驚きを露あらわにする美子と実。実に至ってはよほど嬉しかったのだろう。あまりの興奮で何を言っているのかよく解らない。そんな様子の実にたじろぎながら、真子は手をブンブン振って、
「いやっ、あれですよっ。ただ考えるだけですからねっ。まだ入るとは言ってませんからっ」
「なんだ。そっか〜。まあ、別にそれでもいっか……でも急にどうしたんだよ。前はあんなに嫌がっていたのに」
「……そんな大した理由じゃないんですけど。ただ、」
「ただ?」
「……もうこれ以上逃げちゃいけないな。って感じて……」
「ん? どういう意味だ?」
「べっ、別になんでもありません。それじゃあ今日はもう失礼しますっ」
「あっ、おい真子」
早口で告げた真子。顔はまだほんのり赤い。でもその声色は照れているものとは違う。まるで何かに怯えているよう。急ぎ足で施設の方へと帰っていく。ラケットを抱え走るその後ろ姿は、とてもか弱くみえた。
「ふう、なんなんだよ。あいつは〜?」
「……とか言って全部解ってるんじゃない?」
「なんのことだ?」
「別に〜。あ、そういえば実さん」
「ん?」
「さっきは……その、すみませんでした。試合中に大声出しちゃって……」
照れながら試合での失態を詫びる美子。何気ない振りを装っているが、おそらくずっと気にしていたのだろう。実に迷惑をかけたことを。やっぱり律儀だな。気にすることなんてないのに。そう思い、実は思わず苦笑した。
「ああ、気にすんなよ。真子の事を思ってやったんだろ。だったら別にいいって」
「ありがとう。じゃあ、今度は実さんが謝る番だね」
「へ?」
瞬間、美子は実の襟元を右腕でガッと掴んだ。そしてニッコリ笑顔で、
「どういう事なの? 休日に用件も伝えず人を呼び出しといて。しかもなぜか真木もいるし。さらになぜか賭試合なんてやってるし。ねえ、どういう事なの?」
顔は満面の笑み。だが心は怒りで爆発寸前。いままで堪えていたものを全てぶつける美子。気のせいかその背中には黒いオーラが見える。実は珍しく笑顔を引きつらせながら、
「おっ、落ち着けって美子。クールなとこがお前の持ち味だろ?」
「じゃあ今日でやめます」
「そんなスッパリ!?」
「はあ。そういうのはもういいから。早く言って下さい」
「いや、だってしょうがないだろ〜」
まるで恐喝されている状態の実。苦笑いでおどけたように、
「お前の望みを叶えるためなんだからさ」
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