ボラ魂2ー24
『真子』
ーーそう言って和也はいつもの挑発的な笑みを浮かべる。私はそれに対抗するように意地悪な笑顔を返す。そして二人で仲良く喧嘩する。うん。いつもの光景だ。
『真子』
そう言い和也は私の横を歩く。私は不良にしか見えない横顔を見上げながら、黙っていればればイケメンなのに。そんな事を不意に考えて頬を赤らめる。
「真子」
ふと和也の声がおばさんのように聞こえた。いつも聞いていた声なのに。忘れるはずなんてないのに。でも、そんな事もあるかも知れない。だって私は、和也の事を思い出さないようにしているから。嫌な思い出として認識しているから。そう。全て忘れて、逃げようとしているのだ。
「真子」
だから私は彼の声さえ忘れようとしているのだろう。最低だ。私は最悪の事をしてしまった。だから彼に会う事なんて許されない。だから赦してもらうことなんて出来ない。だから、だから、
「真子ーー起きなさい真子っ!」
「はっ!?」
ベッドから飛び起きた真子。すると目の前には母がいた。慌てながら辺りを確認する。まず目に入ったのは見慣れた白い天井。次にお気に入りのピンクなグッズ達。続いて愛用のゆるキャラ枕。うん。私の部屋だ。寝ぼけた思考で真子はそう理解。すると母は呆れたように、
「ったく、休みだからっていつまで寝てるのよ。もう18時よ」
「へ? もうそんな時間なの?」
近くにあったデジタル目覚ましを見る。画面の表示は確かに18時25分。真子の服装は午前中のままだ。どうやらあの後すぐに寝てしまったらしい。せっかくの休みが。真子は後悔から項垂れる。そんな真子に母は背を向けながら、
「わかったなら早く降りて来なさいよ。夕食の準備出来てるからね」
「……うん。すぐ行くよ」
「そう、じゃ待ってるわ」
部屋を出て一階へと降りて行く母。それを確認した後、真子はベッドの上で体育座りをしながら、
「ふう……夢か……楽しかったな……」
きっと今日は色々な事があったせいだろう。だから見てしまったのだ。彼の夢を。忘れたいと思っていたのに。無くしたままでいたかったのに。おかげでハッキリと思い出してしまった。楽しかった日々。永遠にしたかった時間。封じ込めた記憶。それが今はしっかりと頭の中にある。でも、そのおかげだろう。真子は今なら自分の気持ちに正直になれる気がした。
「ふふっ……ホント、弱いよな……私って」
自虐的な笑みで呟く真子。それは自分の弱さを心底嫌うような笑顔だ。うっすら涙を浮かべながら言葉を続ける。
「……だって、こんな簡単な事すら出来ないなんて……」
ただ彼に謝る。そんな当たり前の事すら出来ない。だから逃げた。そして忘れようとした。だって、弱い自分にはどうする事も出来なかったから。
「でも……もう、逃げたくないんだ……」
自分に言い聞かせるように呟く真子。だが言ったそばから手が小さく震えている。だめだ。いくら強がっても心は弱さを抱えたまま。また先へは進めないのかも知れない。でも、これ以上彼から目を背けるわけにはいかない。だから、
「……例えただの気休めでも……意味なんてなくても……前に進めた気がするなら、今はそれだけでいいんだ」
そう再認識して、真子は一つの決意をした。自分なりの想いを込めて。前へと進むために。
★
月曜日。朝8時10分。美咲高校。B棟2階一番奥の部屋。第四準備室。入り口前。真子は決意を胸にゆっくりと中へ歩みを進める。
「朝はここで本を読んでるんですね」
教室奥の窓際。椅子にひっそりと腰掛けていた少女ーー柚菜の横に立ち、真子は静かに声をかける。教室内には実の姿はない。辺りには四方に等間隔で配置された椅子と机が数個あるだけ。どうやら彼女ただ一人のようだ。柚菜はチラリと横目で真子を見て、再び本へと視線を戻した。
「ええ、教室はうるさいから。特に実が」
無感情で事務的に呟いた柚菜。真子が来た事に驚いた様子はない。何喰わぬ顔で本を読み進めて行く。読んでいる本はどうやら小説。カバーがしてあり詳細までは解らない。真子は彼女の相変わらずな態度に苦笑しながら、
「ふふ。あの先輩」
「何?」
「いや、先輩ってやる気ないようにみえても、ちゃんと部活やってるんですね」
真子のいきなりな言葉。柚菜は意図を図りかねる。不機嫌そうに眉をひそめて、横目で真子を見ながら、
「……あなた、何を言っているの?」
「昨日見ました。電柱に迷い猫捜しの張り紙が貼ってあるの」
その言葉で柚菜は理解。先週自らが行った行動を思い出しながら、
「……ああ、その事か。時々ね、商店街の人に頼まれてやってるのよ」
さして興味もなさそうに呟いた柚菜。でもその横顔は少し恥ずかしがっているようにもみえた。