「はあ。そうなんですか」
「ええ……用はそれだけ? もうすぐHR始まるわよ」
早々に話しを打ち切ろうとする柚菜。でも、だめだ。まだ 肝心な事を言えていない。真子はすうっと一度深呼吸。そして静かに、
「いえ、もう一つあります」
「……何?」
「……これ、受け取って下さい」
真子は深々お辞儀。勇気を出し手に持つ封筒を差し出す。そこには入部届けの字。中身は担任から貰った部活動届け出用紙。そう、紛う事なき入部届け。それを緊張した面持ちで柚菜に渡す。きっと柚菜にとって以外な変化球だったに違いない。だが彼女は表情一つ変えない。顔もそっぽを向いたままだ。本を閉じてつまらなそうに封筒を受け取りながら、
「そう……ねえ、ひとつ言わせて」
「……なんですか?」
「私ね、あなたが好きじゃないわ」
真子を横目で鋭く見つめた柚菜。冷淡に言い切る。実に冷たい表情だ。真子は怯んでしまう。そして、それにより緩やかな朝の気分は消失。二人の間に妙な空気が漂いはじめる。でもここで引くわけにはいかない。真子は気合いを入れ直す。緊張で唾を飲み、柚菜を窺うように、
「……それは、どうしてですか?」
「はっきり言うとね、私は中途半端な人が嫌いなの」
「……はい」
「だってそう言う人は簡単に人を裏切れる……私の気持ちも考えないで、都合よく離れて行く……つまり、あなたみたいに部活を退部したりする人は信用出来ないの」
少し暗い面持ちで話す柚菜。何か昔に思うところがあるのだろうか。言葉数も珍しく多い。真子は引っかかるものを感じる。しかし今はその事を考えている暇などない。真子は緊張しながらも、慎重に相づちを打つ。
「……はい」
「だから、もし本当に入部するつもりなら、私はあなたに厳しくするわよ」
威圧するような柚菜の問いかけ。脅しと言い換えても問題ないほどの迫力。でも今度は怯みなどしない。だって真子は決めたのだから。少しでも自分らしく前に進むと。だからこんな所で躓くことなどしない。真子は柚菜の横顔をしっかりと捉えながら、
「はい……構いません」
「本当にそれでもいいの?」
「はいっ」
少しも臆する事なく返事をした真子。もうそこに迷いはない。あるのは入部したいという強い気持ちだけ。今の真子には確かな意思さえ感じられる。そして、それは柚菜にも伝わったのだろう。だから、
「……そう、」
柚菜はそう呟くと、不意に真子の方を向き、
「なら、これからよろしくね」
そう言い彼女は微笑んだ。しかしそれは満面の笑みではない。だが、いつもの鋭い面持ちとも違う。そう、あえて言うならばとても彼女らしい笑みなのだ。冷たいながらも温かみのある表情。誰かを励ませる人の笑顔だ。真子は思う。おそらくこれが彼女の本当の表情だと。だからこんなにも優しい気持ちになれるのだ。真子は嬉しさから心を弾ませながら、
「ありがとうございますっ。柚菜先輩っ」
顔を赤くしてそう言ったのだった。それに対して柚菜はどこか楽しそうな表情で、
「ううん、いいのよ。じゃあ、さっそく頼まれ事をしてくれるかしら?」
「はいっ、なんですか?」
「あなた、私が猫を捜しているのは知っているのよね?」
「はい」
「実はどうしても見つからなくて、すごく困っているのよ」
「じゃあ、私は何をすればいいんですか?」
「そうね、」
椅子の下からダンボールを取り出した柚菜。下を向きガサゴソと中を探り、
「とりあえずこれを付けてもらえるかしら」
「なんですか、これ?」
「これはネコミミとシッポと言われる物ね。詳しい解説が必要?」
「いや、それは見ればわかります。そうじゃなくて、なんで今出てきたのかって聞いたんです」
「え? だって猫を捜してくれるのよね? だったら猫に成り切らないと」
「……意味がよく解らないんですけど」
「意味の有る無しじゃないの。こういうのは形が大事なのよ。だからこっちも猫になりきるの。わかった?」
「はあ……そういうものなんですか」
「そうよ。ほら後ろを向いて」
「う〜……はい」
柚菜のよく解らない発言に戸惑う真子。しかし、こんな真面目な顔で嘘を吐いているとは到底思えない。真子は渋々ながらも後ろを向く。柚菜に耳と尻尾をセットしてもらい、
「……先輩、これでいいんですか?」
「ええ、上出来よ。あとは『にゃーん(おんぷ)』みたいな甘ったるい声をポーズ付きで出せば完璧ね。ちょっと練習してもらえるかしら?」
「う〜……わかりましたよ……」
もうヤケクソ。こうなれば本気でやるだけだ。教室に忍び寄る影、背後で必死に笑いを堪える柚菜。そのどちらにも気付かずに真子は全力の萌えボイス&ポーズで、
ガラッ!!
「にゃ〜ん♪」
「柚菜〜、もうすぐHRはじまるぞ〜」
図られたかのように扉が開いて実が入って来た。真子は赤面驚愕、柚菜は笑いを堪えきれず、
「なっ!?」「ぷっ」
「……真子、お前は何してんだ?」
「せ、先輩!? いやっ、これは柚菜先輩に頼まれてっ、猫捜しに役立つからって!」
「ねこ〜? 柚菜、この前みつかったって言ってなかったか?」
「ええ、先週あっさり見つかったわよ」
「なっ、やっぱりハメられてた!?」
「ふふっ、実の言った通りイタズラのしがいがある子ね……あ、そうだ実」
「ん?」
「この子、ボランティア部に入ってもらうから」
「なっ、マジか!? 真子!?」
さっきの呆れた態度から一変。実は期待に満ちた顔で真子へと急接近し腕を掴む。真子は圧倒されながらも、
「え!? いやっ、まあ、その、はい」
「やった〜!! サンキュ〜!!」
ハイテンションになった実。意味もなく真子へギュッと抱きつく。真子はさらに顔を赤くして、
「わぁっっ〜! バカっ、抱きつくなっ!!」
「いいだろっ〜、入部記念みたいなもんだっ!」
「だからって抱きつくのはダメだろっ! ってか、ミミとシッポを取らせろっっ〜!!」
騒がしく暴れる二人。あっと言う間に教室は喧騒に包まれる。柚菜は横目でそれを見ながら、
「ふふっ。頑張ってねーー真子」
先程の温かい笑みでそう呟いた。でもドタバタとしていた真子には、それを知る由もなかったのだった。