「あ、待って私もそっち方面だから。バス停まで一緒に行こうよ」
と言ってバス停(小学校前)の方向を指差す彼女。普段あちらの方に行かないので詳しくは分からない。しかし山に囲まれたあの付近に用事などあるのだろうか。と考えて彼は思考中断。いけない。どうやらこの天使達の事が蛍にどんな印象を与えたのかを気にするあまり、彼女の言動にとても敏感になってしまっているようだ。別に悪事をしていたわけじゃないし、やましい事をしていたわけじゃない。もっと普通にしていよう。彼は息を一息吸い込み後ろを振り返って、
「わかった、いいよ。ね、レミ? ミカ?」
「ふぁい、いいですよ。さっさと帰りましょう」
「ああ、そうだな……」
と先程からあんまり喋らないレミとミカの方を見る。といってもミカが喋らなかったのはバナナもとい二個目の苺クレープを食べていたからだが。しかしレミの理由は他にあるらしく彼女は耳を澄ますと独り言のような声量で、
「増田……増田に好きな人、しかも相手も好きっぽい……ゆくゆくは結婚」
ん? 何言ってんだ?
「そしたら私達の立場はどうなる、すごく家にい辛いぞ……ハッ! 鬼姑しゅうとめ。鬼姑か! 神は私に鬼になれと言うのか。しかし、しかしそれしか生き残る道は……ミカ、ミカはどう考える?」
「苺クレープ食べます?」
「お前の食いかけじゃなければ考える」
と、言った会話を繰り広げていて、ああ。よかった。すごいどうでも悩み事だった。
とは言え間違っても蛍本人にその類いの事を言わぬよう、後でちゃんと釘を指しておこうと思う輝希だった。
東通りを少し逆戻りしながら目的のバス停を目指す4人。前の歩くのは蛍と輝希で、天使組は気を遣っているのか、少しスペースを空けて後ろを付いて来る。そんな二人を蛍は横目で見て、
「でも、変わってる二人だよね。なんかオーラていうか雰囲気が」
「ああ、そうかな? でも普段あんまりこっちにいないらしいから……そのせいかも」
「もしかして外国人とかハーフ? レミってあれ地肌でしょ?」
といってレミの小麦色の褐色肌の事を指す。彼女の格好は紺の春色スニーカー、少し子供趣味の靴下、薄くクリームのロングTシャツの上に肩ひも付きのデニムワンピース、と言った感じで今時の中学生の私服をイメージしたが、確かにあの肌は日本人ではないと思うだろう。ついでにいうとミカの薄桃色の髪も。
「いやどうかなぁ、遠い親戚だからそこまでは」
さすがに遠い親戚でも外国人かどうかは知ってるだろ。輝希は自身の発言にツッコむ。
「ふうん」
だが特に気にした様子もなく蛍はまた前を見て歩き出す。普段ならもっと追求してくるはずだった。彼女は見た目通りのサッパリとした性格で、こうやって曖昧な返事や誤摩化されるのが嫌いだった。
「なあ、蛍」
「何、輝?」
バス停まであと5分ぐらいの所。先程と風景は変わり辺りには山、田んぼ、等の緑と数件の民家が広がるばかり。きっとさっきの反応が気になったのもあるだろう。でもそれにしても、どうしてか彼の口からはこんな言葉が出てしまった。
「天使って信じる?」
「はい? どうしたの突然?」
それは予想外の質問だったのだろう。彼女はきょとんとした様子で聞き返す。
「いやあ、蛍ってそういうの信じなさそうだから、実際どうなのかなあと思って」
頭を掻きながら彼女から目を逸らす輝希。どうしたと言われても自分でも分からない。それに別にレミとミカの正体をばらしたくて言ったわけでは断じてない。ただ気になっただけ。蛍がどう考えているのか。うん、きっとそれだけだ。
「天使ね」
やはりそこにも彼女はそこまで疑問ある態度を見せなかった。天使ねと短く呟いて少しの間を空けた後に、
「うん、私は信じないよ」
キッパリと否定した。まあ彼女らしかった。蛍は幽霊やオカルトなものだったり神様等を全て信じない。そういったものは逃げ、現実逃避だとして嫌う。だから天使を否定するのもそういう理由なのだろう、と思ったのだが、
「というか信じたくない」
「信じたくない? いるのは認めるってこと?」
今回は 彼女にしては珍しい表現だったのだ。
「いや別にそういうわけじゃないけど」
とそこで声の調子を幾つか落とす。なんだか悲しんでいるように俯き、
「だって天使ってのはその人が死んだら迎えにくるんでしょ」
「まあ、多分そういうものだと思うんだけど……」
「ってことはさ、取られちゃうんだよ」
「取られる? 何を?」
「好きな人」
「好きな人といくら一緒にいてもさ、結局、最後を見届けるのはその天使なんだよ」
「い、意外にロマンチックというか、細かい事を気にするんだね? 蛍って」
言葉にもだしたが本当に意外だった。まさかこんな質問で、彼女の新たな一面を見る事が出来るとは思わず輝希はちょっと得した気分。というか好きな人って蛍にはそんな最初から最後までずっと一緒にいたい相手がいるのかよ。と彼が一人悶々と考えていると、
「だからさ、どんなにいても……最後にはその天使に輝を取られちゃうんだよ」
「あ、あの」
反応に困った。もうこれは完全に告白ではないのか。そう言った戸惑いもあったし、何より彼女のまるで“今の彼を取り巻く状況を完全に理解しているような台詞”にも驚きを隠せなかった。いや実際気付いているのではないか。だって彼女はあの交通事故に巻き込まれかけた。だからその時に輝希を運ぶレミを見ているのかもしれない。だから天使といかないまでも彼女が人間じゃない事に気付いているのではないか。でも彼女達は言ったはずだ。輝希以外の事件に関する記憶は全て消したと。それに、その時のレミは天使状態だったはずだからそれはありえないか。