「そうですねっ。せっかく私達のために作ってくれた料理なのに、グリーンピース一粒とは言え無駄にしてしまい申し訳なかったです」
「うん。お前等二人とも僕に失礼だから。僕も毎日君達のために作ってるんだからね」
あからさまな態度の違いに笑顔でツッコむ輝希。というかそれほどまでに味の差が出るのだろうか、と彼は思う。輝希の料理は蛍や、蛍の母親に教えてもらい出来上がった品である。だから蛍達には及ばないもののそこまで遠くない腕前なのでは。と考えたが、
「増田さん私は、私達のために作ってくれた料理と言いました。料理とは500カロリー以上の物を言うんですよ」
「え、何その太った人の残した名言みたいなの」
ふざけてるのかなと思ったが彼女の目は、さも当然でしょうという顔をしていた。どうやらミカはかなりガッツリとした食べ物が好きらしい。なら普段はあっさりとした物を好む輝希の料理は口に合わなくても仕方ないのかもしれない。
というより、レミとミカは天使なので当然といえば当然なのだが、この二人はごく一般的な家庭の食卓を知らないのだろう。実際蛍の家だって普段からこんな量も種類も作らないだろう。だから彼女のフルコースと僕の普段の料理を比べられても困るんだけどな。と彼は心の中で少し困惑した。
「ははは。なんか本当の妹達みたいだね」
一連の流れをどこか遠い目をして眺めていた蛍がそこで、クスッと微笑みながら小さく言葉をこぼした。
「うーん確かに。実際にいたらこんな感じなのかもね」
首を捻りながら蛍に苦笑。一応想像してみたが、それはかなり大変な家庭になりそうだな。まあ、これから彼女達と暮らさないといけないのはどちらにせよ同じなのだが。
ガタッ!
「うう。増田さんの妹……うぷ」
頭と口を抑えて項垂れるミカ。持っていた箸がコロコロとテーブルを転がる。どうやらまた例の、輝希の血縁者と言われると頭痛がする症状が出たらしい。ここまで敏感だと失礼を通り越して心配になってくるな。
「ごめんごめん。冗談だって、大丈夫?」
両手の平を合わせて申し訳ない、と言ったポーズをとる蛍。えへへ、と笑いながら右隣にいるミカの肩を叩こうとするが、
「ヒッ! 増田さん!」
触れた瞬間にバッ! とその手を振りほどくミカ。それだけでもどこか様子がおかしいのだが、なぜか輝希の名前まで叫んだのだ。レミは眉をひそめて不思議そうに、
「どうしたミカ。そんなゴキブリを見つけたように怯えて。確かに似てはいるけども」
「いや確かにじゃないよ。ミカも僕の名前を出して怯えださないでよ。僕が何かしたみたいじゃないか」
突然の事態でもツッコミを忘れない輝希、冷静な口調ではあったが心配そうな様子でミカを窺う。そして当の本人のミカも不思議そうに辺りを見渡して、
「えっ、あ、あれ? 今、増田さんが隣にいたような?」
バッ、バッ、左、右とみて最後に正面の輝希を見て頭に疑問符。ポカンとした顔をしていた。
「え、えとごめん。そんなに妹とか呼ばれるのが嫌だった?」
幻覚を見る程に嫌だったのか。そう解釈した蛍は申し訳なさそうに笑う。
「いっ、いや別にそういう訳ではないんですよ。まあ増田さんの妹と呼ばれた事には怒りを覚えましたが」
「おい」
こっちのフォローもしろよ。輝希はジト目でミカを睨んだが気付いているんだか、いないんだか。彼女は続けて、
「とっ、とにかく蛍さんが嫌いとかではなくてですね、おそらく増田さんに対する嫌悪感で悪寒が走ったというか、」
「そうなんだ」
「えー。それで納得しちゃうの? 僕もそろそろ傷付くよ?」
さっきから散々だな。そう思いながらエビマヨを一口。するとこっちをジッと見つめるレミの姿が見える。
「増田」
「はい?」
突如呼びかけられたかと思うと、彼女は普段よりずっと優しい声色で、
「ナス……食うか?」
ナス。このナスというのは食卓に並んでいた麻婆ナスではない。冷蔵庫に入っていたはずのナスの一夜漬けだ。いつの間にか取り出して来たらしい。あとこれはレミご所望のもので輝希が食べるために買ったものではない。むしろ苦手な食べ物の部類だった。
「いや、別にいい」
なので断った。普段の彼女なら不機嫌になるところだが、レミは微笑みを崩さぬまま、
「そっか……男の子だもんな」
「もう意味わかんないよ」
励ましているつもりだったのか。その真意もよく分からぬままレミとの一連の会話は終了。彼女は一個ナスを自分で食べて再び冷蔵庫へしまった。