「でもホント美味しいです。是非今度教えてもらいたいですっ」
麻婆ナスを食べながら笑顔で話すミカ。ちなみに今料理に手をつけているのはこの食いしん坊だけ、蛍は輝希の母親までいるつもりで作ったのでかなりの量があるのだ。今の所完全に皿が空いたのは天使二人にも好評(まあミカはなんでも食べ物なら食べるんだろうが)だった、輝希の大好物エビマヨだけだ。他はまだ結構な量があるので、このままラップをして明日の朝食になるだろう。まあ、普段なら残り物を嫌うミカだがこの調子なら大丈夫だろう。むしろ僕が朝新しく作るより喜んでくれそうだな。輝希は自分で考えて少し悲しくなった。
「ホントに? ミカちゃん料理に興味あるんだ」
紅茶を啜りながら意外そうな顔をする蛍。どうやら数時間の関わりだが、蛍の中にもミカがただの食いしん坊というイメージは少なからずあったらしい。むしろそのイメージとバカと言う印象しかないレミと輝希はもっと意外そうな顔をしていた。
「はいっ。是非今度レミちゃんに教えて下さい。作ってもらいますから」
まあそんな事だと思ったよ。と苦笑いで輝希はお茶を啜る。同じく腹が満ちてコーヒーを啜っていたレミはそこでニヤっといたずらな笑みを浮かべて、
「貴様、上司に料理を覚えさせて、さらに作らせる気でいるのか? ほう、良い度胸だな」
「待って下さい。レミちゃん」
いつものなら、冗談ですよー、レミちゃん。といった感じになるはずのミカ。しかし今回は珍しく真剣な顔でレミを見つめて、
「レミちゃんが作るんですよ。そして私が食べる。各々の役割をちゃんと果たしている。それのどこがおかしいんですか。私変な事言ってますか? いないですよね」
「? え? あ、うん」
は? これが輝希とレミの頭の中に浮かんだ言葉。蛍はおそらく、またおもしろい事言ってるなー、ぐらいにしか思っていないだろう。
「お前、さっきからホントに何言ってるんだ?」
これまた珍しく疲れの色をみせるレミ。ツンとした目尻が無意識に垂れる。ミカは再び食器を持ちレミを気遣うように、
「ご安心を。片付けは増田さんがやるのでレミちゃんは作るのに専念して下さい」
「君は本当に食べるのに専念するつもりなんだね」
まあ誰もそこの心配はしていなかったのだが。むしろレミは彼女の頭を今回ばかりは本気で心配していた。
「はい。それがなにか?」
輝希の皮肉にも全く動じないミカ。同時にあれだけ残っていた麻婆ナスを完食した。下手すると明日の朝食は新しく作る事になるかも知れない。
「いえなんでもないです。片付けは僕がしますよ」
彼女の食への異常な執着を感じて何も言えなくなった、輝希はそんなミカに敬意を払い空いた食器類を片付けようとする。すると、
「ああ、いいって輝希。私がやるよ」
蛍は立ち上がり彼より先に片付けようとする。さすがに調理から食器洗いまで全て蛍にやってもらうわけにはいかないだろう。ここは譲るわけにはいかない。輝希はガタッと椅子を揺らし少し慌てて、
「いや、そんなわけにはいかないよ」
「そうだぞ。客人に後片付けまでやらせるのは私のプライドが許さないからな。蛍は座っていてくれ」
さすがレミ。普段はふざけているが根は真面目な娘だな、と輝希は感心。しかし彼女は一向に動く気配がない。あれ? と輝希が思っているとコーヒーに上品に口をつけ、
「ということで増田頼む」
え? プライドは?
「うん。そこまで言ったなら君も立てよ」
「駄目ですよ。蛍さん。増田さんを甘やかしては」
眉を吊り上げて声を上げたのはミカ。ムッとした顔で、
「そうやって輝希さんの自主性を潰してはこの男は必ずそれに甘んじますよ。そしていずれホントに何もしない食べるだけの男になりますからね。私にはわかります。それは駄目ですよ」
と力説する彼女。その右手にはお箸、その左手には取り皿、そして輝希を叱責した口には肉。もしゃもしゃと音を立てていた。
「うん。君には言われたくない」
輝希は心の底から思った。というかさっきこの子、食べる事も一つの役割みたいな事言ってなかったか? まあミカの事だからまた適当を言ったんだろうけど。
「はは。ホント仲いいね。三人とも」
と笑いながら蛍は食器を流しに運ぼうとする。どうやら何を言っても彼女は皿洗いまでやってくれる気のようだ。まあ彼女も頑なところがあるし、無理に断る事もないだろう。輝希は彼女を引き止めるのをやめて一緒に食器を運ぶ事にした。