別に期待していた訳ではなかった。ただ、もし死んだとしても会えると思っていた。天使達である彼女達ミカとレミには。天界にいっても、いつか、どこか、もしかしたらいつでも、そんな風に考えていなかったといえば嘘になるだろう。
「そうですね、もし天界へと増田さんの魂を運んだらもう会う事はないでしょう……だから私に御馳走するなら生きてる内ですよ。いつでも大歓迎ですから」
「酷いな」
いつもの様に笑顔で天然の毒を吐くミカに輝希は苦笑いを浮かべる。しかし、その笑顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいなのだろうか。
次々に運ばれてくる料理。今度はタンドリーチキン、ハンバーグカレー、ベーコンペッパーハンバーグの3連チャン。それをまた笑顔で頬張るミカ。そしていくら天使のような(というか天使だが)笑顔とはいえさすがにそろそろ見飽きてきた、なんせ量が多すぎる。とはいえ特にする事もないのでぼんやりと輝希は窓の外を眺める。先程まで死後の話をしていたせいか、輝希はふと気になる事があった。
「ところで、僕はもし死んでたらちゃんと天国に行けたのかな? それとも地獄かな」
「天国ですね」
「即答だね、間違いないの?」
思ったよりすぐ返事がきた事に驚く輝希。するとミカはその事について補足を入れる。モシャモシャとチキンを食べながら。
「あ、別にそれは増田さんが良い人だからという意味ではないですから。まあ使い勝手はいいですがねーーコホン。というかそもそも地獄というのは、実際には悪い事した人間が行く所ではないですからね」
「え? そうなの?」
なんか酷い事を言われたが、まあそれはいいとしよう。それより彼女の言ったことの方が気になった。どうやら輝希達の認識と事実は異なっているらしい。
「じゃあ地獄ってのはどういう人が行く所なの?」
罪人の落ちる場所ではない。ならば地獄というのは一体どんな人が辿り着く所なのか。その問いにミカは今度も即答、といった事はなかった。彼女は眉をひそめながらどういったものか、と迷いながらも言葉を出していく。
「うーん、そもそも善悪問わず人間が行く所ではないんですよね、地獄は」
「へえ、じゃあどんな風になってるの?」
「どんな風、といわれましても、ただの森、森ですね、それもとびきり緑豊かな」
「森? なんだかイメージと全然違うな。そんな平和な感じなんだ」
「ええ。静かな所ですよ。天界の生物は住んでいるようですが、天使達は誰も地獄へは行きませんしーー」
地獄。そこはその言葉からは想像しがたい緑溢れる森林だった。だが、その印象が全くの的外れというわけではない。そこにはあるのだ。地獄と言われる所以が確かにあるのだ。
「まあその話はやめましょう……生きている人間にあまり天界の事を漏らすのは好ましくありませんので」
「……うん、わかった」
下を向き呟くミカ、その口元は少し笑っている気がした。でもそれは満面の笑みではない。どこか自嘲的で陰のある、自分を責めるような微笑みだった。彼女なりに地獄には思うところがあるのだろうか。それに天界の文化等についてこの二人はよく話をしてくれる。しかし天界の根本に触れるような話は好ましくないという事なのだろうか。等と色々な事を考え出してしまう思考を停止させる輝希。ミカは止めて欲しいと言っているのだ、だから彼はこれ以上の詮索は止めた。
「とにかく人が行く様な場所じゃありませんよ……それに天使もね」
地獄。そこは地のはるか下にあるわけでもない、そして罪人の霊魂に罰を与える場所でもない。だがそこはいくつもの悲劇を生む。そういう意味ではそこは確かに地獄なのだろう。
「ん? なんか言った?」
「なんでもありません。さあそれよりチキンチキン。ニンニク醤油は美味しかったから追加しよっと」
輝希の問いに首を振る彼女はすっかりいつものミカに戻っていた、彼女は鼻歌混じりに食事を再開ーーって追加だとっ、
「ちょっとミカまだ頼むのっ!? 僕お金足りるかわかんないよっ」
「増田さん」
今度は急に真面目な顔でジッと輝希を見つめる。ってかこの子止めたのにピンポーン! と隙をついてボタンを押しやがった。
「え、何?」
「これが本当の地獄ですね」
「うまくないから。それに困ってるのわかってんなら注文をやめてくれ」
だが時すでに遅し。ミカの押した呼び出しベルの音を聞き店員が駆けつける。もう来てしまったなら頼まない訳にはいかない、と輝希はニンニク醤油チキンの追加を止めなかった。するとミカは和風ハンバーグまで追加で頼みやがった。そして、彼女はこっちの気も知らずに笑顔で肉を貪るのだ。
その光景を見てふう、と輝希は溜め息を一つ吐く。はあ仕方ないか、とクレジットカードを使用する気持ちを固めて彼は思うのだ。
まあこんな日も悪くないか。今日はいい買い物が出来たし。
それに、ミカとさらに仲良くする事ができたからな……多分。
と、そんな事を思っていると輝希の携帯は細かな振動を始める、メールの着信を告げていた。ポケットから携帯をとり出して受信フォルダを開くと新着メールが一件、その送り主の名前は赤土蛍。
そしてそこには奇妙な文章が打たれていたのだった。
『さっきは心配させてごめんね。明日ってさ予定空いてるかな? 空いてるならさ、』
『あの事故の日をやり直そうよ、輝ちゃん』