「まあね〜。ちなみに楢汐高校からきたんだけどさ」
「なっ、超名門スポーツ校じゃないですか!?」
楢汐市立楢汐高等学校。他県にある高等学校。スポーツに力を入れた授業体制。毎年、有名選手を多数送り出す名門校。だが、そのため入学をする事も非常に困難。真子が驚くのも無理はなかった。
真子の驚きに対し、実はがっくり項垂れて、低い声で、
「そうかぁ〜? 筋肉ダルマばっかで、ただのムサい学校だったぜ。胸筋じゃない膨らんだ胸なんて、この学校来てから久しぶりに見たもん」
「そりゃあ、仕方ないですよ。全国のアスリートが集まった学校なんですし。特にあそこのレスリングとボクシングは有名ですからね」
「はあ、更衣室なんてムサくて堪んなかったなぁ……。って、その話はもういいや。そろそろ行くか?」
「っと、そうですねっ……はぁ、行きますか……」
「じゃあ、結局どうするよ? 後ろ乗ってくか?」
「……あ〜、いえ、いいですよ……チャリで行きます」
「なんだよ〜、中型免許取ってから一年経ってるし、ヘルメも二個持ってるぞ。乗ってけばいいじゃん」
「いえ、ちょっと……二ケツって苦手なんで。あはは……」
「ん〜? 何か反応変じゃね?」
「いえ、何でもないですよっ。ほんと苦手なんですっ」
「ふ〜ん。まあいいや。じゃあ、先行ってるぞ?」
「あ、はい。後で行きますよ」
「とか言って、逃げんのは無しだからな?」
「……チッ」と舌打ち。
「あれ、いま小鳥さんが鳴かなかった?」
「鳴ったんじゃないですか? 先輩の頭ん中で?」
笑顔で言い放つ真子。それに対して実も満面の笑顔で、
「あ〜、そうか。鳴ったのは生意気な後輩か〜。いや〜、感情的になってたとは言え、ちゃんと約束したのにな〜。最低だな〜、先輩を騙すなんてさ〜。あ〜ひどいな〜」
「む〜……はぁ、わかりましたよ……ちゃんと行くんで、先行っててください」
「よ〜し。絶対だからな」
「はいはい。それじゃあ、また後で」
そう言って、実に背を向ける真子。自転車のある裏口までさっさと歩き出す。途中、実から見えない所まで来て、
「ふぅ〜……バイクねぇ……」
真子はどこか自虐的に呟いた。
嫌な事から目を背けてきた自分を責めるように。
★
禄那市民テニスコート。家から徒歩15分程で着く、市営のテニスコート。それなりの規模。料金も手頃。何より近い。なので、真子もテニス部時代はよく訪れた。もっとも、今は来たくもない場所だが。
「ふう……」
ほんとはやりたくない。でも約束。仕方なく来た真子。だが気乗りはしない。重い足取りで、施設の入り口へと向かう。
「よお、ちゃんと来たんだな」
入り口前の階段。そこに実がいた。座って手を振っている。真子は低い声で、
「そりゃ来ますよ……一応約束ですから」
「とか言って逃げようとしたくせに〜」
「うるさいな〜。来たんだからいいじゃないですか……」
「まあそうだな〜。よし早くやろうぜ」
二人揃って階段を上る。入り口の自動ドアを通り、施設の中へ。
「へぇ〜、結構人いるんだな〜」
受付を兼ねた広い待合室。そこには以外にも大勢の人。親子連れ。子供。老人など様々。どうやら割と込んでいるようだ。
「まあ、休日ですし。でもここって面数ありますから、一試合ぐらいならすぐ出来ますよ」
「へぇ〜。そうなのか」
「はい」
「真木、なんであんたがここにいるの?」
いきなり声をかけられた。声の主は少女。服装は赤を基調としたジャージ。おそらく真子と同じ位の年。身長は真子より少し上。サラサラとしたセミロングの髪。柚菜程ではないがキレのあるつり目。端正な顔立ち。キツい印象だが、かなりの美少女であった。
「げっ、美子……」
「ねえ、なんでって聞いてるんだけど?」
少女ーー葉月美子は苛立ちげに舌打ち。明らかな敵意を持って真子に質問。真子は後ろめたさから顔を背け、
「いや……まあ、なりゆきで……」
「ふ〜ん。テニス部をやめたアンタがねぇ……」
そう言って美子は溜め息。真子は何も言えない。
葉月美子。一年三組所属。テニス部時代の友達。休日にもよく遊んだ間柄。部ではペアも組んでいた。一緒に大会にも出た。戦績も上々だった。だが真子は退部を決意。テニスに冷めてしまったから。でも美子の事は変わらず大好き。部を辞めても友達でいたいと思っていた。しかし、美子は曖昧な退部理由に激怒。大喧嘩に発展。結果疎遠となった。
「まあどうでもいいか……私、真木のこと嫌いだし」
「……ごめん」
辛辣な言葉を述べる美子。真子はただ謝るだけ。知っているからだ。美子にとって、テニスがどれだけ重要かを。だから俯く。だから反論しない。真子は裏切ったのだから。美子の期待を。たとえ悪気は無くとも、それは変わりない。
素直になれない自分。押し黙るだけの真子。解決策のない現状。それら全てに美子は苛立ちを覚える。落ち着け。と自分に言い聞かせる。美子は一度深呼吸。そして真子の傍らに、小さいのがいる事に気付く。