輝希の身体に触れた瞬間、彼女は小さくうめき声をあげた気がした。顔を見るとすぐにそれは気のせいではないとわかる、明らかにただ躓いたという様子ではない。彼女はまるで、全身の苦痛に耐えるかの様な表情をしていたのだ。
「大丈夫ですかっ」
「え? あ、うん」
急いででこちらへ駆け寄るミカ、その言葉にハッとしたように彼女は、
また苦痛を笑顔の裏へと隠すのだ。
「あはは、恥ずかしくてなんか動揺しちゃったみたい。いやー顔赤くなっちゃうよ、青春だねー」
立ち上がり彼女は恥ずかしそうに頭を掻く。その素振りはもういつもの赤土蛍だった。だが、
……嘘だ。むしろその逆で蛍の顔色は真っ青だった。
「蛍……あのさ」
「あっ、もうこんな時間か」
輝希の言葉を遮るその姿、このタイミングで携帯を見る仕草、それは酷くわざとらしく見えた。もう平気を取り繕う余裕もないほどに。
「私、この後部活があってさ。じゃーねー」
それも嘘だ。輝希は知っていた。彼女は何かと理由をつけて最近部活を休みがちな事を。しかし、そんな事が今まであっただろうか。
それに輝希はもう一つ気になる事があった。
蛍の身体ってあんなに冷たかっただろうか?
★
「和風、ニンニク醤油、イタリアン、バジル、辛味噌、タンドリー、デミたま、プレミアム、全部チキンで」
畠山シエル5階、飲食店のフロアにあるファミリーレストラン・グリーンデイ。
「デミグラス、ふわふわ、チーズ、チーズイン、カレー、和風、プレミアム、ベーコンペッパー、こっちは全部ハンバーグでお願いします、それと」
その窓際の隅に位置する禁煙席。そこでは奇妙な呪文が唱えられていた。
「いや、どんな注文の仕方だよ」
「ええと、あの」
〜〜チキン、〜〜ハンバーグを省略したミカの注文に口を挟む。案の定女性の店員は困惑していた。輝希はわかりやすくミカの注文を言い直しーーって、これサイドメニューを除いたらほぼ全商品じゃないか。
料理の待っている間に頼み過ぎだろとぼやいたところ、『へえ、レミちゃんと蛍さんにはあんなに高価な物を渡したのに、私は安物で済まそうって事ですね』と言われた。どうやら興味なさそうだったのにしっかりと確認していたらしい。そういわれると確かになんだかミカだけうんと安く済ませるのは可哀想な気がしてくるな。輝希はハアと一つ溜め息を吐いて残金を確認した。そしてしばらくして料理が運ばれて来る、まず運ばれてきたのはイタリアンチキンステーキとデミグラスハンバーグ。それにBセット(ライスと唐揚げとコーンスープ)。料理が来た瞬間ミカは顔を輝かせたが、輝希はこれがあと20個ぐらいくると一体いくらになるんだろう。とゾッとした。
「いただきまーす」
どうやら彼女は本当に食に関してだけは色々勉強しているらしい、ミカは器用にフォークとナイフを使いこなして食事を進めていく。その顔を見ていると多額の出費も無駄ではない気がしてくる、買い物にも付き合ってもらったんだし。それにこんなに喜んでくれてるんなら。と、そんな風に思える程に彼女はおいしく料理を頬張っていた。
「……ミカはホントに食べるのが好きだね」
天使は必ずしも食事を必要としているわけではない、らしい。だがミカを見ていると必ずしも食事を必要としている人間、それよりも遥かに多い量を食べている。となると食事がよっぽど好きなんだろうな。そんな事をぼんやりと考えていると、ミカは付け合わせの人参を食べながらこちらを見上げて、
「増田さんはもっと食事にアクティブになるべきですよ……せっかく死なずにすんだんですし、生きてる時だけなんですから」
「……そっか。天界にはこういう料理はないんだっけ?」
「いや上にも似たような物はありますけど、増田さんは食べれませんので」
「はい?」
天使達にとって食事は嗜好品。ならば天界にも下界との差はあれど食物というものは存在するのだろう。なのになぜ輝希だけ断食を強いられるのか、とも思ったが
「死んだとしても別に増田さんは天界で暮らすわけではないので。送られてすぐ、かは分かりませんが増田さんの魂はまた別の生き物へと宿るんです。転生? というやつですね」
フォークでパスタをクルクルしながら彼女はその事情を説明する。なるほど、亡くなった者の魂は天界へ運ばれていく、だがそれは天界で過ごすと言う事を意味しているわけではないのだ。ということは、
「そうか。じゃあ君達とも会う事はないんだね」