夕暮れ。オレンジ色に染まる校舎。本日の授業は全て終了した。部活が休みの千佳子と共に、真子は帰路につく。疲れたので今日は、寄り道をやめた。
「ふう〜、やっと終わった〜」
「へへへ、お疲れ〜」
「なんか今日は、あの先輩のせいで一段と疲れた〜」
「まあ〜、悪い人じゃないんだけどね〜」
「う〜ん、まあ、そうかな? ってか、あの人達と絡むと調子狂うんだよね。なぜか、ついムキになっちゃうし……」
「あはぁ〜〜。ねぇ、真子〜」
微笑んでいるが、どこか神妙な面持ちの千佳子。
「うん?」
「やっぱり真子はボランティア部って苦手〜?」
「……苦手っていうか、う〜ん。私の中学、ガラの悪い人が多かったから、なんかイメージ悪くて」
ほんとは思い出したくもない過去。だが千佳子の前なので、当たり障りのない返答をして誤摩化す。すると、
「むふ〜、私は似合ってると思うけどな〜、真子優しいもんっ」
「ううん、優しくなんてないよ……」
「え〜、優しいよ〜、いつも助けてくれるし〜」
「それは友達だからだって。誰に対してもじゃないし」
「ぶ〜、それは嘘で〜す。真子は、友達になる前から優しかったで〜す」
「ええっと、なんのこと?」
「む〜、学校説明会の時だよ〜。絡まれてる私を助けてくれたじゃ〜ん」
「あぁ〜、あの時か」
千佳子の言葉で、真子は当時の事を思いだした。
今年の二月。美咲高校。入学前の事前説明会。全体説明会後、個人見学の時間。
真子は一人ブラブラと、校内を退屈そうに歩いていた。特に目的もない。そろそろ帰ろうか。そう考えながら進む。その時、二階へ続く階段の踊り場。そこに三人の男女が見えた。どうやら揉めているようだ。二人の男に囲まれ、少女(千佳子)は困惑していた。
「お前可愛いな。気に入ったぜ。俺が案内してやろうか?」
「てぇ〜か〜、付いて来くるよな?〜、三年の番長〜猪瓦いのししがわらさんのお誘いだぜぇ〜」
「ええっと、その〜」
男達はどうやら美咲高校の不良らしい。一人は着崩したブレザーやズボン、金髪、ピアス。といったあからさまな格好だった。そしてもう片方、猪瓦と呼ばれた男はなぜか学ラン。長身で筋肉質。短髪に無精髭。暑苦しそうな見た目の真子が嫌いなタイプの男だった。
「別に怖がらなくてもいいんだぜ。ただ校内を案内してやるだけだ」
「そうそう喧嘩は強いけど、猪瓦さん恋には奥手だから安全だぜ」
「でも〜」
「おいおい、女と話すと緊張でズボンに突っ込んだ手が、汗でビショビショになっちまうぐらいのチキン野郎なんだぜ。安全だろ?」
「お前そんなわけ、ってあれぇ!! 俺の手すげぇ湿ってる!!」
「ねぇ、アンタ等さぁ〜」
真子は不良を睨みながら踊り場へと上がる。三人は一斉に真子を見た。すると、ガラの悪い方の男が真子を睨みつける。眉間に皺を寄せ不快そうに、
「あん、なんだてめぇ」
「その子嫌がってんじゃん。離せよ」
「はあぁ、てめぇには関係ねぇだろ。バストD以上になって出直してきなっ」
「アンタこそ、ジャ煮ーズに履歴書送ってもシカトされるような顔してんじゃん。整形でもすれば?」
「なっ!」
「ほぇ〜」
真子は凛とした態度を崩さない。千佳子は感心したような声をあげる。一方、不良は怒りを露にして、
「猪瓦さんっ、この女ムカつきますぜっ。シメますか?」
「お前、その巨乳ちゃんを離してやれ。この可憐な少女の頼みだぞ」
「猪瓦さん!?」
「すまん。俺、グラマーな姉ちゃんが好きっての、嘘なんだ」
「なんスか! そのカミングアウト!?」
「いや不良だから、グラマー姉ちゃん好きって設定にしてたんだ。その方が悪そうだろ。でも、ホントは興味ないんだよ」
「だったら最後まで設定通して下さいよ!! なぜここで暴露!?」
「すまん。自分に嘘つけなかった。あと、こういう強気な娘……ストライク(ぽっ)」
「はあぁあぁ!? 畜生っ俺は認めねぇぞ! 猪瓦さんが実は巨乳に興味なくて、自分は能無しのくせに両親が公務員だから良い暮らしをしているなんてっ!!」
「最後のは関係なくね!? お前俺の事嫌いだろっ!?」
「アンタ等うるさいっ」
ドスッ!!
「猪瓦さあぁん!!」
股間を押さえ倒れ伏す猪瓦。
「嘘だろ。あの猪瓦さんが、女の金的一発で……」
「緊張しすぎで手の平から汗出まくって脱水症状起こした……」
「あんた使えねぇな! 前々から思ってたけど!」
「うん、アンタも黙っとけ」
真子は笑顔で、ゴンッ!
「オウフ!」
金的をくらい、猪瓦と同じく倒れ込む不良。二人は気絶して動かなくなった。
「ありがとう〜、助かった〜」
千佳子がこちらを向き笑顔で礼を言う。近くでみるとより巨乳な少女だった。
「別にいいって。こいつらがムカついただけだから」
そう言って踵を返す真子。慌てて千佳子は呼び止めるように、
「どこ行くの〜? 一緒に回らない〜?」
「遠慮しとく〜、教師とか来たら面倒だしっ。アンタも早く逃げなよ〜」
「えぇ〜待ってよ〜」
走り去る真子。頑張っても追いつけない。千佳子は諦め立ち止まる。そして真子の遠くなる背中をただ眺めた。結局名前も聞けずじまい。お礼も出来なかった。だが、この事は千佳子の胸に大きく残る。そう、これが千佳子と真子の初めての出会いだった。当然、この時は入学後同じクラスになるなど、知る由もなかったのだが。
「あぁ〜いたね〜、そんな奴ら〜」
「えへへ〜あの時、真子が来てくれて助かったんだよ〜」
「あれは、別に助けたとかじゃなくて、あいつらがムカついただけだってば」
「照れちゃって〜」
「なっ、照れてないって!」
「まあまあ、とにかく私の親友の真子は優しいってことで〜す」
「う〜。まあ、もうそれでいいよ……」
「あはは〜、真子顔あか〜い。カワイ〜」
「う〜……ふぅ」
千佳子の真っすぐな言葉にムズ痒さを感じたが、悪い気はしなかった。
真子は、橙色に染まる空を眺めながら、
「少しだけ考えてみようかな」
不覚にもそう考えてしまった。
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