「増田さん、これなんです?」
「ああ、これはヘッドホンだよ」
イヤホン売り場を二人であれこれ見ていると、ミカが不思議そうな顔をして箱に入った商品を手に持つ。黒色の両耳に当てる対応のステレオフォンだった。ミカは聞き慣れない言葉に対して、
「ヘッドホン?」
「ああ。レミが今使ってるような耳に差し込むのをイヤホン。で、これみたいに両耳に当てるやつをヘッドフォンっていうんだ。なんか昔は両耳載頭型イヤホンってのに分類されてたらしいよ」
自分の知っている事だとよく話す男増田輝希。だがそんなうんちくも、
「……よし、つまりでかいイヤホンですね」
「……まあ、そうだね」
60秒以上の説明は聞いていられない女ミカ、彼女の前では特に意味無し。イヤホンの大きい版という事で彼女の頭の中では解決がついた。
「じゃあミカちゃんの新しいイヤホンこれでいいじゃないですか。でかいし、黒いし、レミちゃん腹黒いし」
「……腹黒い、かは分かんないけど確かにレミは黒が合いそうだな」
レミのイメージカラー、といわれればやはり黒だろう。黒髪、褐色肌という容姿の影響もあるのかもしれない。それと彼女の少女にしては大人びた雰囲気、冷静な態度が落ち着いた色やシックなカラーを連想させるのだろう。
「でもヘッドホンてさ音漏れが結構するし、近くで聴かれるとうるさいかもよ」
「音漏れ?」
「イヤホンからさ音が漏れるんだよ。レミの聞いてる音楽が周りに聞こえてくるんだよ」
「ああ、それは嫌ですね。だってレミちゃんの聴く曲って」
ミカは音漏れの意味がわかり露骨に嫌な顔をした。そして眉をひそめたまま言葉を続ける。
『真っ暗な家に慣れた小学2年生』
「とか」
『この町を抜け出すにはもう金しかねえ』
「やら聞こえてくるんですよね」
「彼女はどこに向かってるんだよ」
輝希はネットのミュージックストアから定額料金で音楽をダウンロードし放題にしてある。そしてレミにもそこから好きな曲をダウンロードしていいと言ってあったのだが……。それから1ヶ月、随分と音楽の趣味が偏ってきていたようだな。どうやらヒップホップ調の曲ばかり聴いているようだ。ミカは引き攣った顔をしながら、
「え、増田さんの教育の賜物でしょう」
「彼女をBボーイに育てた覚えはありません」
というか本当に意外だな。もっと大人っぽい落ち着いた曲を好むかと考えていたのだが。と、輝希はレミのまた意外な一面を知ったのだった。ミカは黒いステレオフォンを元の位置に戻しながら、
「まあ、ならこれはやめますか。普通のイヤホンにしましょう」
「そうだな、女の子に似合う形ので、落ち着いた感じの色のを探すか」
案外前途の事もあるしレミは黒等の色はあまり好まないかもしれない。しかしこれはあくまで輝希からのプレゼントだ。ならあれこれ推測するより、自分がレミに似合う、彼女に付けて欲しいと思える物を渡すのもいいのではないか、なんて事を歩きながら彼は思うのだ。
そう考えてあれこれ見てまわっていると不意に、
「いらっしゃいませー」
横から声が聞こえた。中年の黒ブチ目がねをかけた恰幅の良い、マサシ電気の作業着を羽織った小島という男だった。格好から店員である事は間違いない。彼は笑顔を浮かべたまま、
「何かお探しでしょうか?」
「あ、えと新しいイヤホンを買おうと思って」
「そうなんですか、音質、デザイン、付け心地、色々と重視する部分ございますがどのような物がご希望ですか?」
ミカとあれこれ話ながら長く売り場にいたからだろうか、見かねて声をかけてくれたらしい。そして彼のその態度には親切心が感じられた。せっかくだしこの人のオススメも聞いてみようかな。輝希は少し思考した上で、
「あー、デザインかな。女の子に似合うのを探してるんですが。もちろん使用感もいいやつで」
「そうですか。そちらの彼女さんに差し上げるんですね」
「へ?」
丁寧な対応。と思いきやいきなり手榴弾を放って来た。いや、まあ普通なら『いや、違いますって』と照れながらどこか嬉し恥ずかしい気持ちになるものだろう。しかしその勘違いされた相手はあのミカ。輝希の親族を言われるだけで体調を壊す女。彼女と勘違いなんてされたら一体何が起きるのだろうか。