「え? 今なんて?」
「わかったって言ったんです!!」
「え? マジ? じゃあ」
希望が見えた。実は喜びで痛みを忘れて、立ち上がる。
「ただし! 条件があります!!」
「証券!? 株主だったのか!?」
「うるせぇ!! 入部を賭けて勝負ですよ!!」
「後輩にうるせえって言われた……」
「先輩が空気読めないからですよっ」
「まあいいやっ。で、勝負って何すんの?」
「ええと〜、それはっ〜」
「考えてなかったのかよ」
「仕方ないじゃないですか! 今思い付いたんですから!」
「ならさ〜、スポーツ勝負で決着をつけようぜ」
「む……別にいいですけど」
「よし、じゃあ種目はテニスなんてどうだ?」
実の唐突な提案。(まあ、唐突なのは真子も同じだが)に顔を歪ませる。
「げっ、テニスですか!?」
「なんだよその反応? 別にいいだろ。経験者のお前の方が有利なんだし」
「そうですけど、あんまいい思い出がないっていうか……」
「なんだよ〜。ボランティアといい、テニスといい、お前どんだけ根暗ガールなんだよ」
「ムカっ! わかりましたっ、じゃあやりましょうよ! ただし、負けたら今後一切、私に関わらないでくださいよ!」
「よ〜しいいぜ。なら、すぐやろうぜ」
「いいですよ! 近くの市民コートで勝負ですっ」
「オッケー!」
「じゃあ、ちょっと着替えてくるんで、外で待ってて下さい」
「ほ〜い」
実に背を向け、奥へ行く真子。そこでハッと、冷静になり、
「……あれっ、私とんでもない約束してない!?」
せっかくの休日。ゆっくりするはずだった。だが実の来訪。感情的になり持ちかけてしまった勝負。やりたくもないテニス。全てが最悪だった。でも、後悔しても手遅れ。
「はぁ〜あ〜、まあ、もう仕方ないか〜〜」
真子は項垂れながら自室へと向かった。
なぜ自分は、こんな約束をしたのだろう。頭に血が昇っていたのだろうか。多分そうだうと、真子は考える。
でも、彼女は気付いていなかった。自分を繋ぐ鎖が、徐々に解けている事に。
「お待たせしました……はぁ〜、なんでこんなことに」
20分後。真木家の玄関前。四坪程のスペース。不満を呟きながら、真子が段差を降りて登場。服装はもちろん外着。デニムのロングスカート。上はTシャツ。さらに、その上にソフトベージュのジップパーカーを羽織り、花柄のハンドバックを肩に掛けていた。ポニーテルもばっちりだ。
「ブツブツ言うなよ〜。自分で言ったんだろ〜?」
「そりゃあ、そうですけど……はぁ」
「だからそんな落ち込むなよ。ってあれ? その服装……ふーん」
実はじっくりと真子を眺める。まるで品定めをするように。上から下まで。真子は不思議に思い、
「はい? どうしました?」
「いや、お前って女の子らしいイメージがなかったけど、結構似合ってて可愛いなって思ってさ」
「なっ、急になんですか!? 褒めてんですか!? そうなんですか!? だとしても全然嬉しくありませんよ!?」
「あ〜、また照れてんのか〜?」
「うるさい! そう言うのはもういいです!」
「まあ、そうカッカしなさんなって。ってあれ? お前ラケットとかシューズは?」
「えっ?」
実の素朴な疑問。確かに、真子はそれらしき物を持っていない。一瞬動揺した後、真子はバツが悪そうに目を逸らしながら、
「あの……ありません」
「あり? テニス部だったんだろ?」
「いや、なんか退部した時イラついてて……そのまま勢いで、叩き折っちゃいました……」
「叩き折るとか、お前、女のすることじゃなくね?」
「違うんですよっ、キレて地面にぶつけたら、『あれ? これ折れたんじゃね?』って感じで、あっさり曲がっちゃったんですよ!」
「ふ〜ん」
「まっ、まあ、今はそんな事いいじゃないですか」
「うん、そうだな〜。どうせレンタル出来るしな。場所は市民テニスコートでいいんだろ?」
「まあ、はい。近いし妥当ですよね……」
「なんだよ〜。もっと喜んでいいんだぜ? だって負ければ、俺と一緒に部活ができるんだから」
「だからそれが嫌なんですよ!!」
「あはは〜、またまた〜」
「いや、今のは照れた訳じゃありませんから!? 素で嫌なんですよ!?」
「まあまあ、落ち着けって。よ〜し。じゃあ、乗ってくか?」
「ったく〜。って、はぇ? 乗ってくて、肩とかにですか?」
「……なんでお前を肩車して、テニスコートまで行かないといけないんだよ」
「いや、バカなんでありえるかと思って」
「お前な〜。違うって、あれにだよ」
呆れ顔の実。左後方を指差す。真子もそちらを見る。そこには家の塀、母の趣味である家庭菜園に使う花壇、同じくプランター、それと、壁際にバイクが停まっていた。
「え? あれ、先輩のですか?」
「うんっ。便利だから買ったんだ」
車種はスズキのボルティー。中型の250CC。同クラスに比べ小柄な車体。実の身長にもなんとか合いそうだ。ちなみに色は銀。シートは茶色。おそらく中古。全体的に傷が目立っている。
真子はバイクをじっと眺める。あの似合わない格好はこのためか。と一人納得。そして、怯えているような、少し暗い声で、
「……免許は持ってるんですよね?」
「もちろん。あれは中型だけど、大型免許まで持ってるぞ。えっへん!」
「……そうなんですか……あれ? 大型バイクって18歳からですよね?」
「うん。俺18歳だけど?」
「へ? いま高2ですよね?」
「ああ。俺、1年留年したから」
「はい!?」
「いや〜、前の学校で一年の時に留年したんだけどさぁ」
「前の学校? え?」
衝撃の事実。事態についていけず動揺する真子。しかし、実はいつもの笑顔で、
「いや〜、色々あってさ〜。まあとにかく、その学校で一年をまたやり直すのも嫌だったからさ、それでこっちに転校してきたんだ」
「はあ……先輩にも色々あるんですね」