「増田、おはよう」
増田家のテーブルにはざっと目につくだけでも、肉じゃが、エビチリ、スパゲッティ、サラダ、それと他にも主菜が数点、と和洋中おかまいなしの蛍の得意料理が並んでいた。そこに礼儀よく席についてコーヒーを啜りながら待っていたレミが輝希に声をかける。逆にミカはいますぐにでも料理に食らいつきそうな顔をしていた。そしてバッと顔をあげてキラキラと目を輝かせて、
「ご主人、私は今日、ご主人の家に来て初めて感謝しました。見た事ないものがたくさんあります」
などど失礼な事を言った。ちなみにいつもの食事は全て輝希が作っており、ミカは文句言う事なく笑顔で食べていたのだが。どうやら僕では彼女を幸せには出来なかったらしい。
「よかったな、じゃあ赤土家の子になるか」
「いや毎日はこんなに作らんからね」
笑いながら冗談を言う輝希に、おいおいと言った様子の蛍。なんだかこうしていると、まるでこの4人と家族にでもなった気がして微笑ましかった。まあこの場合蛍が奥さんなんだが、それを本人に言うとまたからかわれそうだな、と輝希は思う。するとそこで僕達の娘もといレミが、
「確かにこれはたいしたものだな。作り方を教えてもらいたいぐらいだ」
顎に手をあて感心したように呟くのだ。それに反応して蛍は彼女の横に歩み寄る。
「え、なにレミちゃん、料理に興味あるんだ〜」
それは輝希も意外だった。今までは輝希が料理をしていても無関心だったのに。何か彼女の中で心境の変化があったのだろうか。そう思っていると、
「うむ、さすがにお荷物のままこの家に一生住まうのは申し訳ないからな」
「さすがレミちゃん。元課長!」
「元ではない。課長の席は私のままだ」
「ちょっ、何言ってんだよ!」
油断していた。ここまで余計な事は言わなかったようなので完全な不意打ち。だがそれはレミが悪いと言うわけではない。それは事実でもあるし真面目なレミにとっては冗談でもなく、本当に大事な事だったのだろう。でも蛍にそれをこんな早い段階で明かしてほしくはなかった。輝希は思わず椅子から飛び上がりテーブルをガタッと揺らしてしまった。
「え、レミちゃん、一生ってどういう事?」
レミの横できょとんとする蛍。気のせいかその顔色は真っ青だった。まさか彼女がそこまでの反応をするとは思わなくてレミも少々面食らっている。輝希はそんなレミに代わり椅子から立ち上がって、
「いや、あれだよ、ちょっと親戚間で問題があって、そういう事になりそうって事だから。別に変な意味じゃなくてね」
言いながら輝希は思う。そういえば親戚なのだから、別に一生住まう事になってもそこまでおかしくはないのではないだろうか。だとしたら蛍は何故あそこまでの反応をしたのだろう。不安になりながらも彼女の様子を見守ると、蛍は下を向きながらボソッととんでもない事を言った。
「そうなんだ……じゃあ私も住もうかな」
「はい!?」
耳を疑った。別に嫌という意味ではないが。なんと返すのがベストなのだろう、答えを考え倦ねていると彼女は続けて、
「だって、輝希と若い、しかもこんな可愛い子二人をずっと一緒に住ませるなんて心配だし」
「いや可愛いって言っても二人は親戚だし、それは色んな意味で困ると言うか」
バタバタと手を横に振り否定する輝希。いやここは男として住んでくれ、俺はお前しかみていない。とぐらい言ったほうが良かったのでは、と思っていると、
「あはは、冗談だって、冗談。いいよレミちゃん。その心意気は大事だよ。私が色々教えてあげるよ」
そう答えた蛍の顔は先程とは別人のようだった。顔色はあっという間に血色がよくなっており、あの真っ青な表情が嘘の様だ。最近こういう事が多いよな。と蛍が時折情緒不安定な様子を見せる事が、輝希はどうも引っかかっていた。しかし今ここで言う様な事でもないだろう。そう思い心配ながらもその考えは頭の隅に追いやった。
「ふむ、それは助かるな。出来れば増田との絡み方も教えて欲しいものだ」
「そっか、じゃあ教えてあげる。輝の恥ずかしい秘密とか」
「あ、それ私も聞きたいです。それで脅して晩ご飯のグレードアップを要求します」
「おいこら、やめろよ、みんなして」
なんだかワイワイと盛り上がりを見せる女子三人。慌てて身を乗り出す輝希だが女子会の壁は壊せない、蛍を主として増田輝希のあれこれが次々と暴露されていく。