黒色の鞄を持ちスッと立ち上がる輝希。レミは少しきょとんとしながら、
「え。もう降りるんです? ご主人がいつも降りるのはもっと難しい漢字? のところでしたよ?」
「ふ。なんだ。君はもっとこの奇異の視線を楽しんでいかんのかね? どうだ? 興奮するだろ」
妙に誇らしげな顔をするレミ。輝希は後ろをついて来る彼女をギロッと横目で睨みながら、
「気付いていたんならやめてくれ。お前はホントに意地が悪いな」
「いや、君はドMという種族の人間だろう? おそらく。だからこれは意地が悪いんじゃない。親切心だ」
無視。これ以上のコイツとの会話に意味はないと輝希は直感で感じた。それに歩きながらボソボソ喋ってたら先程よりも余計目立つ。輝希はお金を投入口に手早くジャラジャラと入れてバスをとっとと降りる。ちなみに290円だった。さらに補足だがこの天使二人は今の状態では触れるもの、触れないものを自分の加減で変えられるのだ。つまりわざわざバスの出口からでなくとも車体の横っ腹から出る事も可能なのだ。まあこの二人がせっかくの下界生活なので“可能な限り下界のルールに従う”という事を掲げているのは知っていたので彼はあえて口にはしないのだが。輝希はプシューとバスのドアが閉まる音と同時に深く溜め息。ブロロロと走り去るバスを見送り降りた場所の確認をする。バス停には東通りと書いてあり中心街ではないにしてもそこらに建てられたスーパーなどにそこそこの人込みがあった。だが少し中心を外れた住宅街にある輝希の家までは徒歩であと20分程はかかってしまう。まああの視線に晒され続けるよりはマシだろう。そう輝希はポイティブに考えることにした。さっきからやけに静かにしていたミカはキョロキョロと辺りを見回して、
「ねーご主人様。もう周りに同じ高校? だかの人はいないので下界状態になってもいいですか」
「そうだぞ増田。ここで拒否すれば増田は一人でブツクサと喋る変人として扱われたいドMの人だと認識するからな。私は」
ねえねえと可愛く問い掛けるミカと、自分勝手な評価を彼につけたがるレミ。輝希はうんざりしながら辺りを見渡す。確かに周りに畠山校の生徒はいない。まあ学校帰りに遊ぶなら東通りではなく栄えている中心街で素直に遊ぶはずだからな。だから友達とバッタリと言う事もないだろうと輝希は思う。下校中の誰かと会う可能性も低いだろうと彼は考える。輝希は部活に所属しておらずバス通学をしている。つまり帰宅部はさっさと家に帰ったか中心街で遊んでいて、部活勢はいまだ活動中なのが今の時間帯だ。だからここで学生と会う事はおそらくないだろう。輝希はふうと息を吐きながら、
「いいよもう。好きにしてくれ」
なかば諦めたような表情の輝希。それとは真逆のニッコリとした表情でミカは、
「やった。これで他人の目をきにすることなくたくさん話せますねっ」
スウッと彼女を中心に風が流れた気がした。そして彼女は下界状態へと変化。しかし外見には特に変化はなく輝希にとっては先程との違いがわからない。だが周りは違うようで、まるで初めからそこにいたようにまるで人工物のような美少女が現れたのだ。近くを横切った青年は『あれ今あそこにあんな可愛い女いたっけ?』といった様子でこちらを二度見した。これじゃさっきとは別の意味で他人の目が気になるじゃないか、と輝希は一人苦笑いをする。そんな輝希の気持ちを知ってか知らずかレミもスウッと下界状態になり、
「これで増田のマスターは二人の美少女連れ。立派なラブコメの主人公だな」
「そういう事ですご主人様っ。まあどういう理屈かわかんないですけど」
輝希を見上げてニンマリと嗤うレミ。彼女はこっちに来てからテレビや漫画が珍しいのか興味津々で見続けていた。そのせいかたまにこんな変な事を言う子になってしまった。それに比べてミカはそういったのもに疎いのか、訳もわからずレミの意見に頷いている。わかんないなら同意すんなよ。話がややこしくなるから、と輝希は心の中でツッコむ。彼は少し自虐気味に、
「まあ傍目からみたら確かに二股かけてる女たらしかもね……ってかそのマスターとかご主人は人前じゃやめてくれ。変な趣味の人だと思われて恥ずかしい」
「ほう。ならば逆に続けてみようか。恥ずかしすぎて死ぬという言葉もあるぐらいだし……もしかしたら君が成仏するかもしれんしな」
「じゃあ私もレミちゃんに便乗します。ご主人様っ!」
各々の笑顔を見せる二人。とか言ってどうせ楽しんでいるだけなんだろうな、特にレミの方。と思い彼はまた深く溜め息を吐く。確かにそんな事で成仏出来るならとっくに彼女達は天国へ戻り、そして彼の魂もまた空へと昇っていた事だろう。奇麗にオレンジ色へと染まった夕焼けを見上げ彼は思うのだ。
はあ、一体なぜこんなことになってしまったのか
その始まりは約一ヶ月前の事だった。