禄那市民テニスコート。〜の全5フロア。1フロア3面仕様の全15面からなるテニス場。その他設備も充実しており、市外からの利用者も多い。人気のレジャースポットだ。
「お待たせしました……あれ? 先輩は?」
「……まだ来てないよ」
フロア。フェンスに囲まれた屋外コート。そこの第二面。種類はハードコート。勝負の舞台となる場所。準備を終えた真子。ラケットを抱え、ウェアを着込んだ黒いジャージ姿で登場。だが実の姿はない。いるのは美子だけ。むすっ、とした表情で、ポールに寄りかかっていた。
「まあ、実さんならそのうち来るでしょ」
「……うん、そうだね」
そう言って、美子の横に並ぶ真子。でも特に会話はない。喧嘩中。さらに先程いがみ合ったばかり。仲良く会話など出来ない。よって互い無言。少し気まずい空気が流れる。真子は気を紛らわすように、ぼんやりと他のコートでの試合を眺めていた。すると美子が微かな声で、
「……真子……あの、ごめん」
「え……何か言った?」
「だから、ごめん……アンタのラケット折っちゃって……」
「……あぁ、あの事か」
言われて真子は記憶を遡る。あれは真子が退部を決意した日。美子と大喧嘩した時。場所は学校のテニスコート。時刻は夕方。激しく睨み合う二人。そして美子は言う。『そう……アンタ、テニス部やめるんなら、これはいらないよね』言葉と共に、地面へ叩き付けられたラケット。歪んでしまった真子の愛用。今でも鮮明に覚えている。忘れるはずがない。あんな悲しい顔をした美子は、初めてみたのだから。
「……仕方ないよ。あの時はお互い熱くなってたから」
「それでも私、いけない事した……だから、ごめん」
「美子……もしかしてずっと気にしてたの?」
「べっ、別に……ただ、謝っておかなきゃ気が済まなかっただけ。それだけよ……」
顔を赤くしてそっぽを向く美子。きっと、自分を許せなかったのだろう。誰よりもテニスに対して真剣だから。だから許せない。感情に任せて、ラッケトを破壊した自分を。だから謝るのだ。たとえ喧嘩中でも。たとえ互いに非があったとしても。しっかりと謝るのだ。
「ふふっ、そう」
そんな美子を見ていると、自然と笑みが溢れた。真子も好きなのだ。テニスに夢中な美子が。真面目な美子が。だから嘘をつき続けた。ラケットは自分で壊したと。そう、誰かに知られたくなかったのだ。美子がラケットを壊したことを。汚したくなかったのだ。美子のテニスへの想いを。
急に笑い出した真子に、美子は赤い顔のままジト目で、
「何よその笑い……」
「別に〜、美子はやっぱ変わってないな、って思っただけ」
「あっそ……ねえ、もう一個質問していい?」
「うん」
「なんで賭け試合なんてしようと思ったの?」
「……それは、先輩があまりにもしつこかったから……つい勢いで……」
「ふぅん……」
「……うん……きっとそう……」
「そう……実さんもアンタも何考えてるんだか……」
「美子?……」
不意に遠い目をする美子。真子は疑問に思う。だが、何を考えているのか窺い知れない。するとそこへ、
「いや〜ごめん。遅れちった〜」
「あ、先輩……」
「いや〜悪い悪い。ウェア選ぶのに時間かかっちまった」
「実さん……わざと遅れたでしょ」
美子はずいっ、と前へ。現れた実を少し不機嫌な顔で見下ろす。対する実は満面の笑みで、自分の青いウェアを指差しながら、
「何の事だ? 俺は例え貸出の服にさえも気を遣うオシャレさんだからな。当然時間もかかるんだっ」
「ふん……まあ、いいですけどね〜」
「そっか。よし。じゃあ始めようぜ真子。とりあえず腕慣らしにラリーな」
「あ、はい……っていうか先輩。半袖半ズボンって寒くないですか?」
「うん……ぶっちゃけすごく寒い」
「はあ……ならなんでそんな格好してるんですか?」
「そりゃあお前、神聖なる勝負に長袖なんて言語道断だろ? むしろ全裸でやりたいぐらいだ」
いきなりの全裸発言。真子は顔を赤くして、
「なっ、急に変な事言わないで下さい!」
「変じゃないって。古代オリンピックみたいな感じで、きっとカッコいいから」
「知りません! ここは現代日本です!」
「大丈夫だって。試しに真子も一緒に脱ぐか? どうせ無いような胸なんだし」
「だとしても脱げるかっ!」
「いいかげんにしろ」
「いてっ」
美子はぼすっ、と実の頭を小突く。その手にはテニスボール。どうやらポケットから取り出したらしい。
「全く……全裸でテニスするオシャレさんがどこの世界にいるってのよ……くだらない事言ってないで早く準備して下さい」
「なるほどっ。それもそうだなっ。じゃあ俺あっちのコートも〜らい。美子球くれ!」
「はいはい」
「よ〜し美子。じゃあ準備出来たら笛よろしく〜。寒っ〜」
球を受け取った実。元気にコートへと駆けてく。