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美咲高校から、徒歩十五分程の住宅街。グレー色の一軒家。洋式二階建て。中々立派。真子の家。
「ただいま……」
学校から走り続けた真子。疲労困憊。声もあまり出ない。力なく扉を開け、玄関へ。
「おかえり〜〜」
真子を迎えたのは母。愛想のよい、普通のおばさん。長髪で割と若い印象だ。
「遅かったわね、“テニス部”はやめたんでしょ? また寄り道?」
「うん……まあ、今日は色々あってね」
ボランティア部の勧誘を受けた。等とは言えない。真子は、中学でボランティア部に所属していた時、母をひどく心配させた。だから言えない。
「そう? ならいいけど。じゃあ、着替えて夕食にしなさい」
軽く微笑む母。それに明るく応え、真子は部屋へ向かった。
「ふう、疲れたな」
二階。真子の自室。女の子らしい小物に溢れた部屋。他にはテレビ、ベッド、机など。広さは六畳。
真子はブレザーを脱ぎハンガーへ掛ける。そして思う。今日の事。
「まさか、ボランティア部があったなんて」
真子はワイシャツを脱ぎ、溜め息をひとつ。
しかも知っていた、自分の過去の事。元ボランティア部の部長。内定目当て。はみ出し者の集まり。と言った事実を。
「ううん、もうやめよう」
真子は思考中断。考えるのはよそう。無駄だ。掛けてあった着替えを取る。真子の部屋着、ピンクのワンポイントTシャツ。
「よっと」
それに素早く着替えて、真子は一階リビングへと駆けていった。
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ーー何がしたいのか分からない。
思春期にはそう言う時期があると思う。
八月。市内のとある中学。教室の一室。窓側の机。窓辺から退屈そうに外を眺めて、三年生の真木真子はそう考えた。
真子のいる教室。ボランティア部の部室。だが見渡しても他に人はいない。真子ひとりだけ。
「今日も退屈だなぁ」
欠伸を軽く一回。グラウンドを見下ろす。そこには部活に勤しむ学生。少し前まで自分もあの場にいた。
「まあ、どーでもいいけど」
ただ辛かった。だからやめた。それだけ。もう終わったことだ。
「ふぁ〜あ」
そして真子はボランティア部に入部した。特に深い意味はない。校則上仕方なくだ。部活に所属していないと内心が悪くなるから。だからだ。
周りを見渡す。だれもいない。というか入部して以来、一人を除いて見た事すらない。だが、来ても真子とて何か活動するわけでもない。部長。その肩書きからなんとなくここにいるだけだ。
「ふぅ〜、そろそろ帰るかな」
眠い目を擦る。立ち上がる。今日の部活終了。お疲れさま。なんとなく心の中で言ってみる。意味はない。ただ暇だから。退屈。だから今日もこの教室に来てしまったのだ。
「毎日毎日、飽きねぇの? 部長さん」
教室の入り口。男がいた。同じ三年生。部内唯一の知り合い。長身。着崩した上着。染めた金髪。ついでに左耳にピアス。もちろん校則違反。真子のよく知る男。
「まあ、部長だし」
真子は、男ーー氷野和也の方へ歩き出す。いつの間にか習慣になっていた。和也がきたら部活終了。チャイムと同じ。何気ない日常の一コマ。でも悪くない気分だった。
「そんなん、形だけだし、どーでもいいだろ?」
真子と和也は並んで歩き出す。真子は鞄を退屈そうにブラブラ揺らして。和也はポッケに両手を突っ込んだまま。良く言えばホスト系。悪く言えばチンピラ。和也はそんな感じの男だった。
「確かにどーでもいいけど。なんとなくね」
「ふ〜ん。どうせ誰も来ないのに暇じゃね? 入部してからお前以外のやつを見た事ないし」
「まあね。でもいつもあんたが来てくれんじゃん」
「なんだそれ? もしかして俺に惚れてんのか?」
「ば〜か。そんな訳ないでしょ」
二人の出会いは数ヶ月前のこと。ボランティア部に入部した当初。その日も窓際でぼ〜っとしていた真子。そこに気まぐれで顔をだした和也。お互いに初めて見た自分以外の部員。なんとなく世間話。すると二人とも“ま〜さし”のファンと判明。当然の如く意気投合。テンション上昇。互いに引かれ合う二人。そしてそれ以来、こうして一緒に帰る事が当然のようになっていったのだ。
「そういやのやつ、また風邪ひいてよ〜〜。全く弱え〜弟だよな〜。誰に似たんだか」
「たしかに。あんた風邪とか引きそうにないもんね。馬鹿だし」
「なんだよ。お前も似たようなもんだろ〜」
「むっ。私だって風邪とか引くよっ。馬鹿だけど」
「じゃあ、俺より駄目じゃん……」
何気ない世間話。でも小さな充実。四階からあっという間に下駄箱まで着いた。退屈だけど悪くない。そんな毎日の連続だった。
「ちょい待って」
校外。校門を出てすぐそこ。和也はいつものように煙草を取り出す。真子は呆れたように、
「この前見つかったばっかなのに、懲りないね〜」
「いいんだよ〜。教師なんて適当に言わせとけば」
和也はいわゆる不良だ。学校でもかなり有名な。だが、言葉遣いこそ荒いが、悪い奴ではない。それは一緒にいて感じた。でも教師にとってはただの迷惑な不良。学校の汚点。だから腫れ物扱いを受けていた。でも真子にはそんなことは関係かった。
「うん、そうだね。どーでもいいよね」
夕焼けの空。煙草の煙の行方を見つめながら、真子は呟いた。周りの意見なんて関係ない。自分は、好きでこいつといるのだから。という思いも込めて。