「うぉ!?」
急いでネットへと駆け出す実。だが間に合わない。球は実コートへと落ち、ネット付近で小さくバウンドした。
「はあはあ……」
間一髪のネットイン。一応形だけみれば真子のポイント。だがコールはない。その代わりに美子自身がコートへと降り立つ。そして二人に告げる。
「大声出してすみません……少し、真木と話させて下さい」
「美子……」
申し訳なさそうな顔の美子。きっと試合に水を差した事を気に病んでいるのだろう。真子は心が痛むのを感じる。また汚してしまったからだ。美子のテニスへの想いを。情熱を。一度ならず何回も。だから心が痛い。だが、美子は自分のために傷ついてくれた。叱ってくれた。だから聞かなければならないのだ。真子は戸惑いながらも、力強く、
「……うん」
「ああ。俺も構わないぜ。言いたい事があるなら言っちゃえよ」
実は励ますような笑顔を美子へと向ける。きっと実は待っていたのだろう。美子のその言葉を。だから、いつもよりも余計に笑顔なんだろう。
「ありがとうございます……じゃあ真木。聞いて」
「うん……わかった」
「すぅ〜」
真子をしっかりと見据えた美子。目を閉じて大きく息を吸い、
「アンタは弱気すぎなのよバカッ!!」
「へ!?」
予想外の言葉。真子は思わず間抜けな声が出る。しかし美子は気にせず言葉を続けた。
「いい!? 前衛だったアンタが勢いを無くしてどうするのよ! ワンゲーム獲られた? だから何? すぐ取り返せばいいのよっ。難しく考えるなっ。気にせず自分の闘い方をすればいいのっ! それは今も同じ! わかった!?」
続けざまに告げる美子。今までずっとえてきたもの。あの大会の日、真子を気遣い言わなかった言葉。それら全てを真子にぶつける。真子は圧倒されてしまい、
「えっ? ええとっ?」
「だから」
美子は笑みを浮かべる。いつもの意地悪な笑みじゃない。だれかを応援するような優しい笑み。そして柔らかな声色で、
「とにかく、突っ走ればいいのよ。バカ」
すうっ、と憑き物が取れていくのを真子は感じた。何だろう。身体が軽い。さっきまで動かなかったのに。いや違う。動けないと思い込んでいた。本当は動けたのに。それを美子が気付かせてくれた。だから、闘える。
真子は美子の笑顔に応えるように、強い意志を込めて、
「うん。ありがと」
ピィイィイ!!
「プレイ!」
第8ゲーム再開。スコアは40・ラヴから。先のポイントは真子の同意の下ノーカウントとなった。だからポイントはそのまま。実の優勢は変わらない。しかし真子の心は大きく変わっていた。先程まであった迷い。それはもう消え失せていた。
「ふっ!」
真子の闘い方はダブルス向けだ。理由は防御面に優れていないから。だから今回、自分のプレーを封じ込めた。そして無意識の内に防御に徹していた。真子は恐かったのだ。ペアがいない事が。守ってくれる人がいない事が。でも美子のおかげだ。今は真子自身の闘い方が出来ている。恐れずテニスをやれていた。
「40・15!」
真子のテニスは速攻型の短期戦タイプ。それは実も同じ。だから恐れていた面もあるのだろう。同じ土俵に立てばどちらが優秀か明白になってしまうから。それ次第では自分を否定されることにもなるから。だから、真子は弱気になっていた。
「40・30!」
でも、もうそんな事は気にせずに闘える。だって、短かったけれど、
「40・オール!」
美子と頑張ってきた努力は、そう簡単には崩れないから。
「ゲームセット アンドマッチ ウォンバイ真子 シックスゲームtoスリーゲーム!」
真子の勝利を告げる声がコート一面へと響いた。そしてコールする美子の声は、とても晴れやかなものだった。