「まっ、まあ、はい。そのつもりですよ」
「そっか。ならわざわざ言う必要も無かったな」
「まあ、そうですね……ってか、なんか先輩ってつかみ所が無いですよね」
「ん? どういう意味だ?」
「なんでもないですよ。バーカ」
「バカはいらなくね!?」
「ふん」
真子はツッコミをシカト。実に心を見透かされたのが不満だったのだろう。不機嫌に鼻を鳴らし、顔を赤くして自コートへと去って行った。
「おーい! ちょっと待てって! どういう意味だよ!?」
再び問い掛けるが、真子は応えない。聞こえていないのか。それとも意図的な無視か。どちらかはわからない。実は苦笑しながら、
「……ったく。まあいいか。少しは元気になったみたいだし」
そう呟いて、ベースラインの方へと戻って行った。
「ふぅ。あの先輩はなんだかなぁ……」
ラケットをくるくる回しながら呟く真子。今さっきのあの瞳。なんだか頭を覗き見られたよう。そわそわして落ち着かない。だめだ。あの先輩と話すと、やはりどうにも調子が狂う。
「まあ、今考えても仕方ないか……」
真子は深く深呼吸。素早く思考切り替え。体勢を整え試合開始を待つ。そして、実がおもむろに左手を挙げた。準備完了のサイン。それに応え真子も左手を挙げる。審判台の美子がこちらを向く。目が合う。真子は静かに頷く。そして再び実を見据えて、落ち着いた声で小さく、
「ふう……負けませんよ。先輩」
ピィイィイ!!
「プレイ!」
甲高い笛の音。美子の澄んだはっきりとした声。試合開始の合図。コートに緊迫した空気が漂う。
短い掛け声。高い跳躍。そして放たれた実のサーブ。やはり少しフォームが粗い。だが、球速が格段に上がっている。ラリーの時とは比べ物にならない。自身の低い身長を、強靭な跳躍力で上手くカバーしている。並のテニス部よりも遥かに速いだろう。しかし、
「ふっ!」
速くても軌道自体は単純。予測は出来る。返す事は難しくない。真子は右サイドへと打球を放つ。そして、さらに返って来た球を逆サイドへスマッシュ。実はそれに俊敏に反応。だが球には数センチ届かない。失点を許してしまう。
「ラヴ・15!」
「よしっ!」
真子の先取点を告げる美子の声。真子は笑顔でガッツポーズ。幸先良いスタートだ。実は苦笑いで頭を掻きながら、
「う〜ん、やっぱコースがうまいなあ……よし」
気合いを入れ直して、サーブのスタンバイ。真子も構え直す。1ポイント程度で浮かれている場合ではない。
再び実のサーブ。だが少しフォームが違う。球威もあまりない。
「へえ」
美子が感嘆するように呟く。実の放ったのはおそらくトップスライス。スピンより容易とは言え、高い技術が要されるサーブだ。それを実が放った。その事実に真子は動揺する。だが、それぐらいはさして問題にはならない。
「ふっ!」
実のサーブは未完成だ。スピンが甘い。これなら初見でも見破れる。スピン方向に回り込む真子。そしてスイング。インパクト時に横回転を加えて球を放つ。実の方へ跳んでいく打球。バウンド時に大きく跳ねる。すかさず対応する実。左へと跳ねた球に、回転を加えて放つ。だが、回転の量が甘かった。真子のかけたスピンを消しきれない。予測よりも低い軌道を描く球。ネットに防がれ、球は真子まで届かない。
「ちぇっ」
「ラヴ・30!」
再び真子の得点。順調にポイントを得ていく。実は歯がゆそうに舌打ち。再び気合いを入れる。先の失敗を踏まえながら試合へと望む。
どうやら実にはまだ策があるようだ。油断は出来ない。だが、
「ラヴ・40!」
その程度で真子は崩れたりしない。
「ゲーム真子 ワンゲームtラブ!」
「くっそー負けたぁ〜。やっぱうまいなあ……」
真子のゲーム先取を告げる声。ラヴゲーム。真子のストレート勝ちだ。実は悔しそうに唸る。しかし顔には笑顔。とことんこの試合を楽しんでいるようだ。
「ふう」
真子は解放感から思わず大きく溜め息。でもまだ1ポイント取っただけ。先は長い。緩んだ気を締め直す。そしてコートチェンジ。実コートへと歩き出す。その途中、実とすれ違う。実はラケットを真子の眼前に突き出しながら、笑顔で、
「真子、こっからガンガン巻き返してくからな!」
「ええ、望むとこですよ」
真子も笑顔で応える。互いにやる気は十分だ。
ピィイィイ!!
「プレイ!」
試合開始の合図。コート上の二人に緊張が走る。第二ゲームは真子のサービスだ。
「ふう」
テニスはサーブ側の方が基本的に有利だ。だが今、真子は不安を感じていた。心配なのだ。上手く放てるのかが。一応、先程のラリーでもサーブはした。だがあれは所詮練習。実践向けのサーブとは別。だから躊躇いが生じてしまう。
でもやらなきゃ。
「ふっ!」
気合いを入れサーブを放つ。ボールの上側を叩き、球に横回転を加える。いわゆるキックサーブ。真子が得意としていたサーブだ。球はネットの上を高く超え、やや左気味に実コートへと向かって行く。実はそれに対し俊敏に反応。球に大したスピードはない。実の反射神経ならば容易に返せる。だがバウンド直後、球は大きく軌道を変える。
「ちぇっ!」
「15・ラヴ!」
実から見て左へと跳ねた球。突然の変化。実はすかさずラケットを振りかざす。だが届かない。結果空振り。真子のサービスエース。二ゲーム目も順調な出だしだ。