完全に拗ねた実。よく解らないことを言って柚菜を挑発する。すると柚菜は実を見下ろし、恐怖さえ感じる程のニッコリなスマイルで、
「ええ、てめぇみたいなクズはいらねえから、さっさと帰れよ」
「ちっくしょーー!! そんなツンツンした態度も大好きだぜっーー!!!」
大声をあげ教室を去って行く実。手には鞄。顔には笑顔。頬には涙。全速力で夕暮れの廊下を駆けていった。残された二人は途方に暮れ沈黙。そして先に口を開いたのは柚菜。淡々とした口調で、
「……少しイジメ過ぎたかしら」
「はい……よく解らないことになってましたね。何気にうるせーって言われましたし」
「まあ、明日には治っているでしょ。さて、じゃあ私達も解散しましょう」
「あ、今日はもう終わりですか?」
「ええ。実がいないと次の予定も決められないしね」
「はあ。一応当てにはしてるんですね」
「いえ、勝手に決めるとまた駄々をこねだすから」
「ああ。じゃあ決めない方がいいですね」
「でしょ? だから今日は解散」
「そうですね。帰りますか」
「ええ。まあ私はここで本をもう少し読んでいくから残るわね」
「わかりました。じゃあ、先に失礼しますね」
「ええ、」
席から立ち上がる真子。横に掛けてある鞄を手に取ろうとする。すると柚菜は柔らかな口調で、
「お疲れさまーー真子」
真子は鞄へと伸ばした手をピタッと停止。顔を上げて茜色に染まった柚菜の顔を見つめる。そして間抜けな声で、
「え? 今、名前で呼びました?」
「くす。さあ? どうかしら?」
「いやでも明らかに真子って」
「いえ、言ってないわよ。真子」
「あっ、ほら。またっ」
「ふふっ。名前を呼ばれたぐらいで嬉しがるなんてカワイいわね」
「むう……もしかしてまたからかっているんですか」
「ふふ。どうかしら?」
そう言ってイタズラな笑みを浮かべる柚菜。明らかに楽しんでいる様子だ。どうやらまた茶化されているらしい。真子は拗ねたように下を向いて小声で、
「む〜……打ち解けられたのかと期待したじゃないですか」
「あら? 何か言った?」
「ふんっ。なんでもありませんっ。もう帰りますねっ」
イジけてそっぽを向いた真子。鞄を左肩にかけて教室を後にしようとする。柚菜はその背中に微笑みながら、
「そう。じゃあまたね。真子」
「……はい」
それでもやっぱり嬉しくて顔を赤くした真子。柚菜を振り返らずに小さく呟く。そして扉を引いて教室を後にした。
「ふふ……なんか悪い気分じゃないな」
今日はなんだかんだで上手くやれたのかもしれない。そんな事を思いながら千佳子へメールを打ちつつ、夕暮れの廊下を上機嫌で歩いて行った。
“おまけ ”
その日の夜。時刻は八時。真子は自室の勉強机に座りながらふと疑問に思う。
「あれ? そう言えば次はいつ部活なんだろ?」
すっかり聞き忘れた次回の日時。だがそれは明日の朝にでも部室を訪れれば解ることだ。大した問題ではない。しかし真子は携帯を開き、
「せっかくだからかけてみようかな」
微笑みながら真子は思う。柚菜先輩に電話で聞いてみよう、と。きっと柚菜は真子から電話をしてくるとは思っていないだろう。だから彼女がどういう反応をするか興味が湧いてきたのだ。
「ふふ。よし」
真子はイタズラな笑みを浮かべながら携帯の通話ボタンを押す。そして耳を近づけると、
『金を出せ金を出せ金を出せ金を出せ金を出せ金を出せ』
「怖っ!! 何この待ちうた(?)!!」
いきなり恐喝された。野太い男の声がエンドレスで続く。
あまりの恐怖にすぐに通話終了。思わぬ不意打ち。さすが柚菜だ。と変な感心さえ覚えてしまう。真子は苦笑いを浮かべながら、
「……なんか、ほんと不思議な人だよなぁ……」
溜め息混じりにそう呟いて、真子は携帯を閉じた。