「えと、輝希、これどういうこと?」
「いや、そいつさブランド品とかに興味なくて暇してたんだ。少し相手しててくれないか」
「え、相撲の?」
「いやいや、会話の相手だよ」
「そう? まあいいけど」
肩を竦めながらだったが蛍は一応納得したらしい。蛍は輝希に背を向けて何か会話を始めた。その内容は、
この前行われた相撲の春場所について。
いや別に相撲の会話って意味じゃないんだけど! と思わず飛び出しそうになるがそれではさっきの二の舞だ。そうはいかないと感情を抑えて輝希はレジにいる店員の元へ向かう。
「すみません、ショーケースの商品が欲しいんですけど」
「はい、どちらのでしょうか」
その声で顔を上げたのは先程の育ちの良さそうな女性。彼女は手慣れた様子でショーケースから商品を取り出して会計へ。蛍と輝希からも好印象だった金のネックレス、そのお値段は1万7000円。やはりシンプルな物とはいえブランド品。レミのイヤホンといい今日は結構出費したな。なんて考えながら輝希は2万円を店員へ手渡す。
「3000円のお返しでございます。お確かめくださいませ」
「どうも、ありがとうございます」
商品を受け取りチラリと店内後方を横目で見る。するとそこにはミカの姿しか確認できず蛍が見当たらない。春場所の話以外に話はなかったのだろうか、どうやら再び一人で店内を回り始めたようだ。
「すみません、これお願いします」
「はい、お預かりします」
後ろから蛍の様な声がしたが本人ではないだろう、女性客は何人か、というより店内の客はほとんど女性だったし。と輝希はその声の正体を確かめずに一旦店を出た。
「ふう」
短く息を吐いて店の正面にあったベンチに腰を下ろす。なんとか蛍にバレずに買えたようだ。などと安堵していると後ろから不意に、
「なーにをしてたのかなー」
「蛍っ」
ガタッとベンチを揺らして輝希は身を震わせる。後ろを振り向けばニヤニヤとした笑みを浮かべる蛍の姿。どうやらこの様子だと輝希が何かを企んでいたのは気付いていたらしい。……明らかにミカは不自然だったしな。
「コソコソと何を買っていたのかなー」
正面に回り込みグイッと彼女はより一層顔を近付けてくる。そのせいで、普段レミとミカという二人の美少女の顔を見慣れているとはいえ、やっぱり僕には蛍の方が可愛く見えるな。なんて事を考えてしまい顔が赤くなるのを感じた。と同時に思わず顔を背けてしまった。
「あの、これ」
とっさに後ろに回した腕を彼女に差し出す。その手にはバーリー・イースの箱。
「はい?」
横目で彼女の顔を見ると口を半開きにして面食らっているようだった。その表情からして、輝希の買っていた商品が蛍へ渡す物だとは少しも予想していなかったという様子だ。
「この前レミが迷惑かけたみたいだから、そのお詫び……それと日頃の感謝」
言いながら綺麗に包装された箱を少し上へ上げる。蛍はそれを数秒見つめた後、静かに口を開く。
「……もしかしてさっきのネックレス?」
「うん、蛍気に入っていたみたいだし……それに僕も君に似合うと思ってた」
なんだかすごく緊張してきた。別に告白をしているわけでもないのに、だ。彼は顔を真っ赤に恥ずかし気に俯く。
「輝希……でも」
顔を上げると彼女は複雑な感情の入り交じった表情をしていた。
「いいから、ね」
「あ、あのさ」
「遠慮しないでよ。僕は蛍に着けてもらいたくて買ったんだからさ」
「いや、だからさ」
肩を竦めながら蛍は苦笑いを浮かべる。その表情は単に、高額な物を受け取るのが申し訳ない、といった感じではないようだ。そして彼女は右手に持っていた袋を輝希の前に差し出して、
「私もそれ買ったんだけどさ」
「えー!!」
思わず大声が出た。幸い周りに人はまばらで特に目立ってしまった様子もない、それに店舗内というわけでもないのでそこまで迷惑もかけていないだろう。それより、
「いや、ミカ何やってるのっ、僕がプレゼントするって言ったじゃん」
いつの間にか隣のベンチに座っていたレミをギロリ、しかしミカはきょとんとした態度を崩さずに、
「え? 買うのがバレなければいいんでしょう? ちゃんと約束は守りましたよ」
「そうだけど、これじゃ僕が買った意味ないだろっ。それに蛍はちょっと気付いてたよっ」
本人が自分で買ったら意味ないじゃんか、と心の中でぼやく輝希。さっきまでとは別の意味で顔が赤くなっていた。