そう感じてしまって次に覚えたのは怒りだった。それは自分自身に対する怒り。彼女達、レミとミカにとって下界にいる事が良い事ではないと分かっているのに。それでもここに二人がいてくれる事に安心を覚えていた自分への怒り。そして蛍、僕は蛍を裏切る、失望される事になると当初この二人を拒んでいた。なのにこんな事を思ってしまった自分への怒りだった。
「と、すみません。続きをお願いします」
後ろへ一歩下がりまな板から遠ざかる輝希。そうだ、どんな答えであろうと僕は受け入れるしかない。……二人が帰る事になっても、それは彼女達にとって良い事なのだから。と自分に言い聞かせた。そして、そんな彼をレミはじっと見ていた。無論、視線にさえ気付かなかった彼にはその心情など到底分からないのだが。
鈴木はまたゴホンと咳をする。どうやら彼の場を切り替える時のくせのようだった。
「うむ、レミ君は確かに増田君の魂を回収に来た。だがそのレミ君の力もあったとはいえ、増田君はこうして生きている。だから本来なら天界へと戻れるはずなのだが……その力に問題があったらしく」
とそこまで言い鈴木は言い淀む。その間が事態が深刻なものだという事を、言葉以上に語っていた。そして彼は、
「レミ君の身体と増田君の魂は一部結合してしまったのだよ」
結合状態。それは魂というものに馴染みのない輝希には今ひとつ実感のない状態だった。レミと自分が繋がっているという事なのだろうが、そんな感覚は一切ない。すると鈴木は、
「おっと、これは精神的にだぞ。もし肉体的にも繋がった事がある場合にはーー」
「言わなくてもわかるわ」
場に漂った空気を紛らわすためなのか。いやこのおっさんの場合真面目に言っているんだろうな。とにかくそんな事を言い出す鈴木。しかしレミはそれを聞いても特に気にした様子もない。おかしいな。さっきの感じならまた僕をからかうと思ったんだけど。
「……まさかそんな事になっているとは、全く見当もつきませんでした」
「……そうだな、私も初めはわからなかったよ。なんせ、これもまた前例のない事なのだからな」
「あの、その結合しているってのはわかったんですけど、それとレミが帰れない事がどう関係しているんですか?」
深刻な様子の二人に割って入る輝希。詳しくは分からないがとにかくおかれている状況については理解した。しかし、それと彼女がどう関係あるのだろうか。尋ねると鈴木は、
「つまりだ、この状態、つまり増田君が生きている限り、」
「レミ君は天界に戻る事は出来ないんだ」
それを聞いた時、言葉がうまく出てこなかった。彼女の方をチラリと見る。するとレミはこの結論を聞く前と同じ、どこか浮かない顔をしていた。そうか、彼女はわかっていたのか。結合したと聞いた時から自分が帰れない事を。
「……レミ、ごめん」
結局喉元から出たのはそんなありふれた言葉だけだった。きっと、彼女は落ち込んでいる。だったらもっと励ます言葉をかけてやるべきなのかも知れない。もしかしたら、プライドの高い彼女には謝るべきではなかったのでは。そんな風に思考はグルグルと回ったが、でもやはりこの言葉しかみつからなかった。するとレミは媒体に目を向けたまま、やはりどこか輝希の心を見透かしたように、
「ふん、謝るな……これは元はといえば私がお前に力を流した結果だ」
「でも、それは無意識だったんだし」
「だが増田のせいでもない。だから謝るべきじゃないぞ」
おそらく、ではなく間違いなく彼女は内心落ち込んでいるはずだ。でもそれをみせないどころか、逆に輝希を励ましてくれた。君のせいではないと。輝希はそんな彼女の優しさに自然と笑みがこぼれた。
「うん……そうだね」
「まあ、赤トラが見れないのは痛いがな」
そんな冗談もいってみせたりして。
「そっか、じゃあ代わりにおもしろいドラマをいっぱい教えてあげるから」
「そうか……それは楽しみだな」
輝希は今度は謝る事はしなかった。するとそう答えたレミの顔は、横からでは口元しか見えなかったがうっすらと笑っているようにもみえた。
「ふふ……君達は本当に仲がいいな」
そのやりとりを聞き声を漏らす鈴木。その声はとても優しいもので、まるで兄弟の子供を見守る父親に似た雰囲気があった。いやレミに対しては終始そんな接し方をしていた。レミの事をよほど気にしているんだな、と輝希は思った。
「ところで、長官」
「ふむ、なんだね」
「私の身体が増田と結合している、と言う事はミカもですか?」
「確かにっ、ミカはどうなってるんですか」