心の中で二人の名前を口にする輝希。彼は徐々に迫るお別れを噛み締めるように、二人が天界へと帰っていく姿を静かに見つめ続ける。すると、
ゴンッ!
「うっ」「ったいです」
弾んだ中低音とともにおかしな声を出す二人。ゴンと変な音がしたが別に彼女達は何かにぶつかったわけではない。いや輝希の目にはそうとしか思えないのだ。事実、彼女達の身体は天井にも届いておらず、輝希が壁に貼ったバンドのポスターの上端ぐらいにしか届いていない。しかし彼女達は、まるで見えない壁にでもぶつかったようにその行くてを阻まれたのだ。
地面へと崩れた二人。各々ぶつかった箇所を手で押さえている。一体何が起きたのか。輝希はごくり、と唾を飲み二人をじっとみつめる。するとレミは今まで一番真剣な顔で、
「増田、天井が邪魔だ。取り払うぞ」
「いやそもそも天井にすら届いてないから!」
いきなりとんでもない事を言い出すレミ。誰の目からみても明らかに天井が邪魔したようには見えない。すると彼女はさらにとんでもない物言いをはじめるのだ。
「いやあれだよ、別に私が飛べないから取り払うと言ってるわけじゃないよ。ただこれは増田のために言ってるんだ。この家にはさ屋根も、ついでに壁もない方がいいんだよ。。ほら風水的にも、あの、えっと、ヴィジュアル的にも」
「だとしたら僕はその風水師の正気を疑う」
「いいじゃないですか、将来的にはそういったお住まいにされるんでしょう? えっと、ダンボールハウス? とかいう」
「あれは別になりたくてなるものじゃないから……いいから早く続きをはじめてよ」
と言って彼女達に帰るよう促す輝希。別にこれは彼女達が嫌いだから言っているわけではない。彼女達もそれが分かっているのか特に反論する様子もなく、
「とはいえ、なぜ上へ帰れんのだ……」
「ええ……この感じだと、まだ私達は増田さんの担当になっているとしか思えませんね」
輝希に背を向けて隅で会議を始める二人。天使達は一回魂の回収を請け負ってしまうと、その魂を持ち帰るまで天界には戻れない。というルールを持っていた。レミはミカの意見を受けて、やはりかと言った様子で、
「だよな……しかし増田は生きていたんだぞ」
「ですよね。それでは回収のしようがありませんし……」
「そうだな……とりあえず上に状況報告をしておこう。あと死亡報告装置のメンテナンスも申請しておかなければ……この状態は私ではどうしようもならないな」
「ですね……じゃあ私達は」
「うむ」
互いを見て頷く二人。結論が出たのだろうか。くるっと二人はこちらを振り向き、レミは迷いのない様子で、
「増田」
「はい」
「今日泊まっていい?」
「やだよ、何その展開? さっきのしんみりした空気をどうしてくれるのさ」
とまさかの宿泊宣言。それが嬉しくない訳ではないのだが、なぜそんな展開になったのかが全然分からない。しかし彼女は構わず、
「いや、それとこれは別問題だぞ。だって帰れないんだぞ。ならお前んちに泊まるしかないだろ。」
「帰れないからってすぐにそうはならないだろ……え? 本当に帰れそうにないの?」
「はい。じゃなければ私達だってこんな事はいいません。それに増田さんは先程私達に感謝しましたよね。ありがとう、と。ならば泊めるべきですよ。増田さんはラッキーですよ。だって感謝した相手をもてなせるんですから。よってあなたは私達を泊める義務があります」
「うん。そんな態度じゃなければ考えるかも知れないな」
なぜか上から目線の二人。ちくしょう、さっきの感動的な雰囲気を帰せよ、と彼は思う。しかし泊めてくれ。そう言われた時、心のどこかで彼は安心してしまった。喜んではいけない事だとはわかっている。しかしそうわかってはいても心は嘘をつけなかった。