「さて、レミ君、増田君は行ったかね?」
「はい、して話というのは?」
輝希の気配が消えた事を察した鈴木。先程よりも幾分か低めの声で、
「うむ、まあ仕事の話とはいったものの、こちらで済ますからほとんどないのだがな……しかし少々気になる事があってな」
「気になる事、先程言いかけた事でしょうか?」
先程、レミの言葉は輝希の身体が装置の予想を超えていたとわかった時に、『か、あるいは』と呟いた時の事を指しているのだろう。鈴木はさすがだな、といった様子で、
「ああ、彼に直接関係ある事ではないからな……実は、イワンの奴がまだ帰ってこんのだよ」
「イワンが?」
イワン。レミ達の担当地区に今年入った、もっとも経験の浅い青年の天使の名だった。レミが今回下界に来た時間の少し前に、彼も仕事で下界へと向かったはずだ。あれから一ヶ月以上経つ。それなのに彼はまだ戻ってきてないというのだ。
「というか、そもそも奴は誰の魂を回収しに行ったのですか? もしかして私と似た様な状況に?」
そう、この事件の始まりは元はといえばイワンの不在が原因だった。彼は一番の新人なので目下低い魂のレベルの人間が担当だった。なのでおそらく彼がいたのならば、輝希の魂を回収しに行くのはイワンになっていただろう。しかし、イワンはその数分前に課長であるレミに何も告げずに行方をくらませたのだ。だから仕方なく高レベル専門だったレミが輝希の魂を回収しにいったのだ。
「いや、それなのだが、どうやら目撃者の情報によると、あいつも増田輝希という男の魂を回収しにいくと言ってゲートを通ったそうだ」
エンジェルゲート。それは通称ゲートと呼ばれる門で、世界各地に数十個とあり下界と天界を行き来する唯一の方法である。天界のものであるそれは人間からは目視、干渉する事が出来ず、さらに天使達が下界と無闇な関わりを持たないように、用がないかぎり普段は堅く閉ざされているのだ。
「しかし、奴は私にそんな事は一言も言ってませんでした」
「うむ、これは、おそらく下界に降りるための口実だろうな」
「でしょうね、しかしなぜ?」
「わからんな、なんせ真面目すぎるのかあまり多くを語らん奴だったからな……」
イワンは実に仕事の出来る男だった。しかし、周りとあまり関わろうとしてない、社内では少し浮いた存在でもあった。だから彼が何故こんな事をしたのか。その推測をたてれる程彼と親しいものもいないという事もあり、彼の動機、目的には見当もつかなかったのだった。
「まあ……詳しい事はこちらで調べていく。レミ君も一応やつの事は頭の隅にでも置いといてくれ。それと下界でもし会った時には伝えてくれ。早急に天界へ戻るようにとな」
「了解しました」
とはいえ下界は天界よりも広い。その中でたった一人の天使を見つけるのは困難な技だ。そもそもまずイワンがまだ下界に残っているとも限らないわけだし。この件については私は役に立てそうにないな。まあ長官も分かった上で頭の隅と言ったのだろう。と彼女は考える。
「レミ君」
「はい?」
まだ何か連絡事項があったのだろうか。そう考えるレミをよそに鈴木は静かに、
「……達者でな」
「……長官こそ、お元気で」
じつに短い言葉だがレミはそれで十分な気がした。だって二人には言葉以上の信頼関係があったのだから。そうして二人はまた親子のように微笑み合ったのだ。