「ふう……全くあの人は」
呆れ顔で実を眺める美子。そして振り返り、真子を真剣な瞳で見つめて、
「……真木」
「え? なに?」
「あんた……この勝負、勝てるの?」
「……どう、だろう……自分でも良くわからない」
「はあ……あんたって本当に、曖昧で中途半端ね〜」
「……ごめん」
「まあ、それは今に始まった事じゃないか……でもね、これだけは言わせて」
「えっと……何を?」
美子は一度深呼吸。そして今まで以上の強い意志で、真子を見つめて、
「あんたは私のパートナーだったんだから、それに恥じない試合をしなさい」
友達だった頃のような、少し意地悪な微笑みを浮かべた。
「美子……うん。わかってるよ」
微笑みを返す真子。その顔にもう迷いは無かった。美子は少し照れながら、
「ならいいわ。じゃ、がんばりなさいよ」
「うん、ありがとね、美子」
「ふん」
赤い顔を隠すようにそっぽを向く美子。真子に背を向け、審判台へ向かう。真子はその後ろ姿を見つめ、もう一度、
「ありがと、美子」
すっきりした。もういいや。なんでこうなったとか。どうして自分がとか。負けたらボランティア部行きとか。そんなのどうでもいい。今出来る事をやれ。全力でぶつかるんだ。
「さて、テニスか……久しぶりだな」
自コートに立ちスタンバイ。ラケットを握り直す。体勢を整え、正面にいる実を捉える。どうやら実は準備万端らしい。素振りをしながら、ラリー開始を待ち望んでいた。中々奇麗なフォーム。美子が一目を置くだけの事はある。初心者とは言え、かなり手強いかも知れない。
「でも……負けたくない」
ピィイィイ!!
笛の音が鳴り響いた。音は審判台の上から。美子の笛だ。つまり練習開始の合図。二人は同時に身構える。
「だいぶマシな顔になったな……いくぞ真子」
独り言のように呟いた実。サーブの体勢を取る。宙へと投げられた球。少し粗いフォームでスイング。ラケットと球がぶつかる小気味良い音。そして放たれたフラットサーブ。安定した軌道を描き、真子へと迫る。
集中しろっ。
真子は球を見据える。落下地点を予測。ステップで移動。軽く深呼吸。体勢を整え、タイミングを見計らう。予測した軌道でワンバウンドした球。ここだ。狙いを定めスイング。正確なレシーブを放った。
「ふっ!」
小気味良い音。実のコートへと返って行く球。対する実もラケットを振り打球を放つ。やはり荒っぽい。だが決して悪くないフォームだ。
「ふっ!」
再び球を返す真子。なめらかな動き。初めのレシーブよりもさらに正確な打球。少しずつ戻りつつある感覚。身体が自然に動く。悪くない気分。だが不安もある。テニスに対する恐怖。美子への罪悪感。それらが真子を束縛する。でも美子は応援してくれた。真子を。だから、
大丈夫。いける。きっと。
「よ〜し、この辺で止めとくか」
実はコート中央に歩み寄りそう告げた。10分程ウォームアップした二人。十分に温まった身体。取り戻した感覚。試合を始めるには問題ないコンディションだ。真子もネットを挟んで実と向き合い、
「そうですね、大分温まりましたし」
「ってか、真子ってかなり上手いんだなっ。ビックリした」
「……まあ、悪くない動きだったわね」
純粋に驚く実。審判台から降りて、照れながら呟く美子。そんな二人の賞賛に、真子は顔を赤くしながら、
「そ、そんな素直に褒めないで下さいよ……というか、先輩もかなりいい動きしますよね」
「まあなっ、運動神経には自身あるからなっ。えっへん。」
「でも、テクニックはいまいちだけどね〜」
「そこは、美子が後であとで教えてくれよ〜」
「わかってるって。でも、まずは目の前の試合だね……二人共、準備はいい?」
「おうっ、いいぜ。真子、お互いベストを尽くそうぜ。言い訳なんて無しだからな」
「……はあ……もうここまで来たら逃げれませんよね……いいですよ、望むところです」
溜め息と共に呟いた真子。その顔には少しだけ笑顔。言葉とは裏腹に、内心嬉しくもあった。
「よ〜し、じゃあサーブ権を決めようぜ」
「はいっ」
「アップオアダウン。ど〜っちだ?」
ラッケトを両手で水平に持ち、くるり、と回した実。笑顔で真子に問い掛ける。
「う〜ん。ダウンで」
実はラケットを垂直にして、グリップエンドを見下ろす。メーカーロゴは正しく上を向いていた。
「残念。アップでした〜。じゃあ俺サーブも〜らい」
「むっ。負けた」
「真木ってホントにトス弱いな〜」
「そんな弱いのか?」
「うん。あまりにも勝てないから、ダブルスの時はいつも私がやってたぐらい弱い」
「うっ、仕方ないじゃん、勝てないんだから……じゃあ、こっちのコート貰いますよ」
自分のいたコートを指す真子。実は張り切った様子で、
「オッケー。よ〜し、はじめようぜ」
「はい、やりますか」
「ふふっ。まあ、頑張りなお二人さん」
「うん。ありがと」
「おう、美子も審判よろしくな〜」
「はいよ〜」
手を振り、背を向ける美子。審判台へと向かって行く。それを眺めた後、実は真子の瞳をしっかりと見つめて、
「憑き物は取れたみたいだな」
「えっ?」
「まあ、賭けは一度忘れてさ、互いに楽しもうぜ」
笑顔でそう言った実。その瞳は全てを見透かしているようだ。真子は少し怯んでしまう。