翌日3月7日。彼は自室で目を覚ました。学校に寝坊しそうになった時みたいにバッとベットから上体を起こしてあたりを見渡す輝希。そこにはまるでいつのも様に自分の部屋が広がっていた。なぜ、あれは夢だったのか。彼の頭から溢れる疑問符。そこで携帯を確認してみると時刻は3月7日10時28分を示しておりやはり約束の3月6日は過ぎていた。そして画面には新着メールが4件、その内3件はクーポンメール等の類などだった。だが残り一件のメールの送信者名には赤土蛍と表示されている。メールの受信時間は約1時間前の9時半だった、輝希は自然と緊張しながら恐る恐るメールを開く。とそこには絵文字を織り交ぜながら『昨日は楽しかったよ、また行こうね』との内容が記されていた。
よかった。蛍は助かったんだ。思わず輝希の頬を伝う涙。彼女がみたら“なによ男らしくないわね〜”なんてからかわれるのだろう、そう考えたらハハッと言う笑いが溢れた。よかった、本当によかった。心の中で何度もその言葉を反芻する。だが同時に疑問。
では自分は? 自分はどうなったのだろうか。今自分は生きているのだろうか?
それに彼女のメールはどこかおかしかった。昨日確かに事故はあったはずだ、そして僕は車に惹かれたのだ。なのに彼女のメールはその事には一切触れていない。もちろん彼女が無事ならば彼はそれでいいのだがどうしても奇妙に感じてしまった。そして、そこで輝希はハッと気付く。ベッドの下からこちらをジーっと見つめる視線に。その視線の主の大きな瞳はとても澄んだ色をしていて少しドキッとしてしまった。昨日の女子かな? と考えもしたがおそらく違うだろう。あの時は視界が曖昧だったが違うと断定できる。目の前の少女は黒の長髪ではなく薄桃色のショートボブ、顔はスッキリというよりは幼さの残る奇麗ながらも愛嬌のある丸顔タイプ。決定的なのは肌の色で昨日の娘とは対照的な色白肌。といった感じで外見が全く違う。しかしその完璧な容姿や漂う人間離れした雰囲気はどこか共通するものがあった。少女はきょとんとした顔からニッコリと笑いながら、
「おはようございます。えっと輝希さん?」
「だ、誰?」
「ほら、やっと起きたみたいだよレミちゃん」
頬を赤らめながら問う輝希の声に彼女は答えず横を振り向く。輝希もそちらを向くと洋室の床にもう一人いる事に気付いた。少女の声に反応してフローリングに横たわっていた影がむくっと起き上がる。そのレミと呼ばれた少女は小麦色の褐色をしていてすぐに昨日の少女だと解った。そして昨日は視覚が曖昧で確認出来なかったがレミは和服のような黒色の服を着ており、 もうひとりの少女も同じような服(こちらは花柄の洒落たもの)を着ている。やはりこの二人は何か関係があるのだろう。などと考えていると、
「……ふむ、このまま永眠してくれればよかったのだが、やはり生きてるな」
なんて不謹慎な事を言いながらレミはふあぁと欠伸を一つ。この調子だと昨日の発言も僕の勘違いじゃなさそうだな。輝希はショックを受けながら戸惑った笑みを浮かべて、
「……もしかして君がここまで運んでくれたのかな? ありがとうね」
「ふん、仕事だからな……というか君は何者なんだ? なぜ……“死んだ”のに上へと魂が送れんのだ」
ふんと鼻を鳴らして奇妙な事を言い出すレミ。なぜだか彼女も奇妙がっているが輝希が引っかかっている所とは多分違う事でだ。死んだ、仕事、魂を送る、彼女の言葉はよく理解出来ないが、死んだと言うのはおそらく、
「死んだ? やっぱり僕は……。ていうか仕事って君達は一体ーー」
「ええ、あなた増田輝希は昨日、ええと日本時間? で15時40分に交通事故で亡くなったんですよ」
輝希の問いには代わりにもうひとりの少女が答えた。その声は外見に比べて至って冷静なもので、淡々と亡くなったなんて言うからゾッとした。交通事故、やはりあの時に……。あれ、でもここは僕の部屋だし僕は生きているよな。そんな風に思考を巡らす輝希をよそに少女は先程に比べてうっすら笑いながら、
「そして私達は使者の魂を回収しているーー」
「天使「だ」「というものです」」